第7話 拡大する戦場
7-1 願望、希望、展望
◆
オルド・オーハイネ少尉としては、艦を動かす必要はないが、全く気の抜けない日々だった。
目と鼻の先に独立派勢力の軽視できない拠点があり、しかもそれは宇宙ドックで、艦船の出入りが激しい。
チャンドラセカルはまるでデブリのように、しかし姿も痕跡も消したまま漂っている。
姿勢制御すら必要ない、とヨシノ艦長に指示されたが、それはもちろん、事故が起きなければだ。
独立派勢力の艦船と衝突する事態が絶対にない、とは言えなかった。
敵からすればここにチャンドラセカルがいるわけがなく、しかも空間ソナーにも、カメラにも捉えられない、つまり見えない存在であっては、向こうから避けてくれる理由がない。
そんなわけで、オーハイネと部下の兵士たちは、常に緊張感を持って発令所で操舵装置を握ることになる。
それでも索敵管理官のヘンリエッタ准尉とその部下と比べればマシだろうと、オーハイネは思っていた。
索敵に関わるものは、一日に二十隻近い数の艦船がやってくるのを、一つずつ調べ、虫ピンを割り振っている。逆に宇宙ドッグから出てくる艦船も、虫ピンで再確認し、どこへ向かうかを追いかけることになる。
オーハイネも大まかにしか知らないが、虫ピンという機能は出力モニターと呼ばれる装置が、艦船のエネルギーの分布や特徴を把握し、それで艦を判別するらしい。
だから宇宙ドックに入って改修を受けると、ややエネルギーの分布が以前と異なってしまい、索敵要員の仕事は一層、困難なものになる。
同情するしかできないが、あれだけ能力を求められるのも、軍人としては本望だろう。
生き残れば、良い思い出になる。
宇宙ドックを見張り始めて一ヶ月が過ぎて、食堂でオーハイネは遅い昼食を食べていた。この後は数時間の休息の後、艦内時間で深夜から朝まで発令所だ。
「ハァイ、オーハイネ。どんな具合?」
栄養調整されたビスケットをスープに溶かしていたオーハイネに声をかけてきたのは、アンナ・ウジャド少尉だった。オーハイネは彼女との関係を周囲に隠すつもりもなく、周りも特に探るようでもなく自然と二人を眺めている。
この時もまるで当たり前のようにアンナ少尉は、オーハイネの向かいの空いている席に腰を下ろした。
「敵の戦力は思った以上に強力だよ。そっちは何をしている?」
「緊急事態に備えてブースで待機、無人戦闘機の整備レポートの確認、無人戦闘機のシステム上のメンテナンス、強化外骨格の整備と試運転、あとは食事とトイレと睡眠」
「退屈そうだな」
「まあ、退屈ではあるけど、あなたの話を聞いたところでは、無人戦闘機の一機や二機じゃ歯が立たないみたいね」
まあね、などと応じつつ、カップの中身のドロドロになったスープをスプーンでかき混ぜるオーハイネである。
「テニスをする暇もないわけ?」
「そんな暇は当分、ないね。あの頃が懐かしいかもしれない」
「この戦いが終わったら、少し休暇を取らない?」
どうやらアンナ少尉なりにオーハイネを力付けようとしているらしい。自然とオーハイネは笑っていた。
「良いね、どこへ行く?」
「地球が良いんじゃない? 地球こそが我らが故郷、ということで」
「木星からだと地球にいる時間より、移動時間の方が長いかもしれないな」
「だったらあなたの操縦でいけば良いじゃない。小型船でもレンタルして」
そいつは良い、と笑っているところへ、携帯端末が呼び出し音を立てる。あからさまにアンナ少尉が嫌そうな顔をするのに、「悪いな」と断って腰から取り外して画面を見る。
作戦計画室に集まるように、という指示が出ている。管理官はコウドウ中尉以外が揃うようだ。
「話の途中で悪いが、仕事だよ。また話そう」
「ええ、仕事が大事ですものね」
食事を始めるアンナ少尉の前でカップの中身を一息に飲み干すと、彼女は嫌そうな顔になる。
「それって美味いの?」
「最高のレシピだよ」
「真似したくないわね。場所が場所なら、私が何か作るのにね」
前にもそういう話題があったが、フラニーにいた時もカイロにいた時も、アンナ少尉がオーハイネに何か料理を作った場面はなかった。
言葉だけとも思えないが、それほど本気でもなく、今のところはそういうポーズかもしれない。
オーハイネとしては料理ができるできないというのはあまり評価基準にはならない。掃除や洗濯もそうだ。
何が一番大事かといえば、話が合うか合わないか、だろうか。
別れの言葉を告げてアンナ少尉の前を離れる時、彼女が唇を突き出すので、さり気なくそれに応じて、食器を片付けてから会議室へ向かう。
通路で、部屋で休んでいたらしいインストン准尉と鉢合わせた。
レールを走るハンドルに引っ張られながら、インストン准尉が後ろのオーハイネを振り返る。
「何か動きがあったのかな、少尉」
「だったら発令所に呼ばれるさ。でも何かがわかったのは確かだろうな」
二人で作戦計画室に入ると、すでに他の管理官、副長、艦長が揃っていた。
「ちょっとした情報にたどり着きましたから、それに関するみなさんの意見を聞きたいと思います」
整った顔立ちのヨシノ艦長は、穏やかな口調でそう言うと、作戦計画室の真ん中にある立体映像投影装置を起動し、それを操作する。
浮かび上がったものが何かと思えば、かなり広範囲の星海図だった。
木星、火星、そして地球まで含まれている。
「これがわかったことです」
さらにヨシノ艦長が端末を操作すると、複数の線が引かれている。線の数々がみるみる増えて、重なった上に重なっていき、数はあっという間にわからなくなった。
「これなんですけど、さて、どう見えますか?」
どうやら線は監視している独立派勢力の宇宙ドックから発進する艦船の航路らしかった。
そして線が明らかに、重複している航路がそこには浮かび上がって見えた。
ただ、数は多い。
(続く)
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