6-5 強行偵察

     ◆


 宇宙基地βが準光速航行から離脱するのを見届け、用心深くチャンドラセカルも通常航行へ復帰した。

 最大限の緊張を伴うのは、独立派勢力の宇宙基地の至近であり、しかもその宇宙基地が安全と判断しているということは、チャンドラセカルからすれば危険地帯でもあるからだ。

 通常航行へ戻り、すぐに装甲がシャドーモードへ切り替わる。推進装置も停止して、一時的にチャンドラセカルは宇宙を漂った。

 ヘンリエッタはといえば、じっと耳をすませて周囲を再確認した。

「巨大な構造物を捕捉しました」

 そう宣言する声は、どうしても少し震えた。

 準光速航行の間から、その影は察知されていた。明らかに宇宙基地の規模ではないのだ。

 そのことを報告されたヨシノ艦長は、しばしの思案の後に「近づいてみましょうか」とあっさり判断を下したので、ヘンリエッタは無意識に勘ぐるような目で艦長を見ていた。

 やや驚いた顔で、ヨシノ艦長に視線を返され、自分の視線の性質に気づくヘンリエッタだった。

「失礼しました」

 空咳などしてしまうほどの動揺だった。

「厳密に監視します」

「司令部としては規模を知りたがるでしょうから、まずはそこからです。実際の映像も必要ですが、それは現場に着いてからでないと無理でしょう。それよりヘンリエッタさん、今、わかっている範囲での敵の索敵能力を教えてください。推測でも曖昧でも構いません」

 その時はまだ遠かったので空間ソナーに響きがある程度で、詳細はわからなかった。

 現在の科学技術で、最大規模の索敵装置、大型空間ソナーを搭載しているのはコロニーになる。しかし今、感知している様子ではそこまでの大きさではない。

 宇宙コロニーの次に大規模なのは人造衛星の防衛目的の空間ソナーだが、それでもうやはりサイズが合わない。やや対象の規模が小さいのだ。

 となると、とヘンリエッタは記憶を探った。火星の地球化されている部分、俗に火星都市と呼ばれる地区を、隕石などから守るための防衛目的の空間ソナーが、搭載できる可能性がありそうだった。

 そのことを艦長に告げると、イアン中佐がわずかに身じろぎした。ヨシノ艦長は腕を組んで、うつむいていた。

 それから程なく、チャンドラセカルが準光速航行を再度、行い、改めて離脱する座標が決められた。

 その座標は正体不明の感から大きな距離をとっていた。ヘンリエッタからすれば、その間合いが、火星の防衛用空間ソナーの間合いを参考にしているのがわかる。ヨシノ艦長は空間ソナーの性能も頭に知識として入っているらしい。

 それでもヘンリエッタには不安だった。

 空間ソナーは準光速航行の艦を読み取れるし、そもそも掌握できる範囲に関しては、限界がないような装置なのだ。

 より優れた耳の持ち主、感覚の持ち主なら、はるか果てまで察知できる。

 ヘンリエッタが確信を持って把握できるのは十スペースほど先で、それでも珍しいくらい耳が良いと言われたものだ。必死に耳をすませば、十五スペースはいけるが、そこまで遠くなるとノイズがひどく、正確に聞き分ける自信はない。

 どうもチューリングの索敵管理官は十五スペースを完璧に掌握し、さらに遠くも読み取るらしい。

 初めて千里眼システムを使うように、ルータス技術中佐に言われた時、その話があったのだ。

 あまりに荒唐無稽なので、嘘だろうと思っていた。しかしつい先日、千里眼システムでそのチューリングの索敵管理官の得た情報を盗み見た時、嘘ではないとわかった。

 あんなに澄んだ宇宙は初めて見た。

 感動的なほど、綺麗な世界だった。

 あれだけの耳があれば、今のヘンリエッタの状況にも不安を感じなくても済むだろう。どこに誰がいるか、たちどころにわかるのだ。もっとも、ミューターで姿を消されるかもしれないが。

 とにかく、神の耳を持たないヘンリエッタからすれば、ヨシノ艦長が取った間合いも、やや不安なのである。相手に耳のいい人間がいれば、チャンドラセカルを察知するかもしれない。

 推力ゼロで漂うだけのチャンドラセカルの中で、ヘンリエッタは巨大すぎる構造物を確認し、把握していった。

「大きさは、フラニーやズーイと同規模の宇宙ドッグ二隻分ほどです。動いてはいません。至近に宇宙基地βと、所属不明の同程度の宇宙基地が二隻、あります。こちらも動きはなし。複数の戦闘艦らしい感もあります」

 敵の本当の拠点のすぐそばに、チャンドラセカルはいるらしい。

 どうしましょうか、とヨシノ艦長が誰にともなく呟くが、返事をするものはいない。

 しばらくの沈黙の後、イアン中佐が咳払いをした。

「艦長、このまま漂い、様子を見るべきです」

 副長からの助言に、そんなところしかありませんよね、と答えながら、それでも艦長も決めかねているようだった。

「ヘンリエッタさん」

 いきなり声をかけられ、ブースの中でヘンリエッタは背筋を伸ばした。

「なんでしょうか?」

「負担になるのは承知の上でお願いしますが、巨大な構造物の詳細をまず把握してください。その次は、ここへ出入りする全ての艦船を把握してください。これは最優先事項です。とりあえずはヘンリエッタさんの権限で索敵部員が常に複数人で状況把握するようにしてください」

 了解しました、と応じるヘンリエッタはいつになく口の中が乾くのを感じた。

 宇宙空間で何にも支えられずに漂流するチャンドラセカルのメインカメラの中に、正体不明の巨大な構造物が映ったのは、現場に到着して十五時間後だった。

 ヘンリエッタはまだ発令所におり、それを見た時、絶句していた。

 そこに浮かんでいるのは、見たこともない大きさの宇宙ドッグだった。

 同時に十五隻ほどは入れそうな、蜂の巣の断面のような模様を連想させる、大きすぎる構造物だった。



(第六話 了)

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