7-4 敵か味方か

     ◆


 オーハイネは順を追って説明する気になった。

「とりあえず、拠点はおおよそヘンリエッタ准尉と索敵部員の努力でわかっていました。そこで、敵がどこにいるかを、想像しました」

「地球連邦の内部にいる敵ですね?」

「そうです。火星都市はこれから調べるしかありませんが、少なくとも、地球連邦を構成するのは火星、月、コロニー、人造衛星、それを外せば、要は地球です」

 妥当な発想です、とヨシノ艦長が頷く。

「それなら、独立派勢力へ人員や物資を送る時、どうするかといえば、どこかで宇宙船に乗り換えるなり、積み替えるなりをする必要がある。今のご時世、地球から資源を確保するのは困難ですが、それでも地球はある種の工場ですし、人的資源の有数の供給源でもある」

「オーハイネさんは、独立派勢力が利用する宇宙空港と物資基地に頻繁に出入りしている、そういう国家を探ったんですね。その結果が、これですか」

 地球の地表と十二の拠点を結ぶ線で最も濃密なのは、東南アジア連合の各国と、オーストラリアだ。

「どれくらい信用できますか?」

 興奮の色もなく、ヨシノ艦長は冷静だった。それがオーハイネにも波及し、彼は客観的視点を意識して、どれくらいの可能性があるか、思案した。

 もしオーハイネが敵の立場なら、こんな形で炙り出されることを予定していれば、どんな策を講じるだろう。

 おそらく、辿れないように偽の情報をかませるか、辿られたとしても、さらに深く把握されないようにするため、特定が困難なように航路や拠点を散らすかもしれない。

 どちらも行われていないということは、敵はここまで探られる想定じゃないのか。

 丸ごと全部が偽装、ということもないだろう。

「他の管理官の意見が聞きたいですね。というより、実際にこの目で見て確認したいですが、ここから地球は遠すぎる」

「実は公にしていないのですが」

 いきなりヨシノ艦長が切り出してきたのに、オーハイネは集中した。

「ノイマンが極秘任務で地球方面へ向かっています」

「え?」

「僕と副長しか知りません。管理官たちも知らないのです。しかしこうなると、ノイマンが危険かもしれませんね」

 そう言ってヨシノ艦長が考え込んでしまう。

 オーハイネには寝耳に水だった。ノイマンが何の任務についていたかも、全く知らないのだ。それくらいノイマンに関しては情報が厳密に管理されていた。

 ノイマンが帰還したのはチューリングより後で、チャンドラセカルより先だ。それから改修を受けたはずだが、オーハイネがたまたま見たのはチューリングだけで、ノイマンが改修を受けているところは見ていない。

 どうかよそでやっている、と整備兵や作業員、技術者は口を揃えたが、彼らも詳細は知らないようだった。

「オーストラリアと東南アジア連合に探りを入れましょう」

 そのヨシノ艦長の一言で、オーハイネはとりあえずの問題に意識を戻した。

「ノイマンに通信を送ってみては?」

「極秘任務ですから、彼らの任務を邪魔したくありません。それに向こうもチャンドラセカルと同じ潜航艦で、乗組員も一流ですよ。そうそう簡単にヘマをしたりしないでしょう」

 嬉しそうにそんなことを言われては、オーハイネも信じるしかない。

「しかし艦長、ノイマンのことは管理官にだけでも知らせるべきです。どうも、嫌な予感がします」

「不安ですか?」

「ノイマンを信じていないわけじゃありません。ただ、敵に先手を取られている気がするのです」

 そうでしょう、と頷いたヨシノ艦長が、僕もです、と続ける。

「敵が地球連邦内部にいるということは、管理艦隊内部もやはり注意が必要でしょうね。司令部の主導でネズミは処理されたはずですが、まだ隠れているかもしれない」

 ネズミという言葉がヨシノ艦長らしくないな、と思いながらオーハイネは無言で頷いた。

 その日のうちに管理官の集まる会議があり、そこでヨシノ艦長はオーハイネに話したこと、ノイマンが地球へと向かっていることを口にした。

 その場でオーハイネも詳細を知ったが、ノイマンの任務それ自体が地球連邦内部の反乱勢力の確認にあるらしい。その程度のことは管理艦隊も把握しているのだ、とオーハイネが思っていると、思わぬことをヨシノ艦長が補足した。

「統合本部が動いているようです。そちらの動きは、僕もあまり知りませんが」

 統合本部は、連邦軍を統括する組織で、総司令部と並び立つと言ってもいい。

 ただ、独自の戦力をほとんど持たない。その代わりのように、陸、海、空、情報、宇宙、全ての軍に対して強い人事権と限定された指揮権を持っている。

 その統合本部の意向とは、さらに上の意向もあるのだろうか。

 地球連邦元首か、政府、省庁、そうでなければ、連邦議会の多数派。

 あまりにも規模が大きすぎて、オーハイネの想像力を超えている。

「もう少し、東南アジア連合とオーストラリアの動きについて調べてみましょう。見切り発車で大事故というのは避けたいですから」

 冗談めかした艦長の言葉に、誰も反応しない。笑ってくださいよ、とヨシノ艦長が唇を尖らせるが、さすがにそこまで豪胆にはなれない。

 オーハイネの中では、いつかのヨシノ艦長の問いかけが蘇っていた。

 誰が味方で、誰が敵なのか。

 敵か味方かを、どうやって決めるのか。

 東南アジア連合、もしくはオーストラリアは、敵になるのか?

 解散です、という言葉に管理官たちが退室していく。ヘンリエッタ准尉がヨシノ艦長をチラチラ見ているので、オーハイネも部屋を出ようとした。

「艦長」

 それでもと、部屋を出る前に足を止めて振り返ると、ヨシノ艦長が微笑みを向けてくる。

「なんですか?」

「親しくしたくらいで満足してはいけませんよ」

 何を言われたか、すぐにはわからない様子だったが、察したらしい艦長は苦笑いして、「覚えておきます」と答えた。

 やれやれ、俺もお節介を焼くようになったものだ。

 今度こそ通路に出て、オーハイネは今も作業を続けている伍長の元へ向かった。

 彼の愚痴くらいは聞いてやろう。



(続く)

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