5-3 尽力
◆
ヨシノが大佐の階級を回復し、チャンドラセカルの艦長の席を与えられ、そうして懇親会を経てからやっと司令部からの召喚があった。
宇宙基地カイロの会議室、こちらは懇親会をした部屋より十分の一ほどの個室だ。
ヨシノが入ると、すでにエイプリル中将が奥の席に座っていた。ヨシノはイアン中佐を連れている。
敬礼すると、ラフな返礼が返ってくる。
「久しぶりだな、ヨシノくん」
「こちらこそ、お久しぶりです、エイプリル中将閣下」
「チャンドラセカルの様子は見たか?」
「様変わりしました。より良くなったように見えます」
そんな形だけのやり取りがあり、エイプリル中将がさっと手を挙げると、部屋の照明が薄暗くなる。
次には立体映像で四人の幕僚が出現していた。クラウン少将、リン少将、ポートマン准将、キッシンジャー准将だ。
「チャンドラセカルに与えられる任務だが」
切り出したのはリン少将だった。音声はクリアで、映像にも乱れはない。
「独立派勢力の拠点の割り出しを行ってもらう」
「独立派勢力の拠点、ですか? 何か、手がかりがあるのですか?」
自分で確認しておきながら、間の抜けた質問だったかもしれない、とヨシノは考えた。
管理艦隊が独立派勢力の拠点に関する手掛かりを得ていれば、それを攻撃するだろう。そうしないということは、拠点は発見できていない、ということを暗に示している。
しかし一方で、そういう任務をチャンドラセカルに与えるということは、最初の手がかりはあるのだろう。ただし、公には追いかけられないような類いの手がかり。
「我々もチャンドラセカルに前回の航海のように、自由にさせる余裕はないよ」
そう言ったのはポートマン准将だった。彼の方に視線を向ける。
「では、何を追えばいいのですか?」
「つい最近のことだが、ストリックランド級宇宙基地のオスロが敵に襲撃された」
「オスロが?」
思わずヨシノはエイプリル中将を見た。中将が頷くので、事実なのだ。いや、この場で虚偽の話が出るわけもないのだが。
「その襲撃をかけた敵艦を、追尾できているのですね?」
確認すると、そうだ、とリン少将が応じる。
「哨戒機がかなり距離を取って追跡している。千里眼システムのログも併用して、今も追跡中だ」
千里眼システムのログ?
その索敵システム、というより、艦船の索敵を包括的に統一し、より広範囲をより正確に知るための仕組みは、ヨシノも聞いている。
まさに数日前の懇親会で、ヘンリエッタ准尉が話してくれたのだ。
ただ実力はまだ知らないヨシノだ。
「チューリングに乗っている索敵管理官のログだ」
あっさりとキッシンジャー准将が真相を口にしたので、なるほど、とヨシノは頷いていた。チューリングに乗っている索敵管理官は、優秀が上にも優秀、というわけだ。
「その敵艦をチューリングに追わせればいいのではないですか?」
「彼らには彼らの仕事がある。チャンドラセカルには、オスロ襲撃を実行した艦を追跡し、独立派勢力の拠点を捕捉し、これを追跡、調査してもらう。いいな?」
リン少将から幕僚全員に視線を向け、それぞれから強い視線を受け、ヨシノは最後にエイプリル中将を見た。
「きみならできると信じている、ヨシノ・カミハラ大佐」
「全力を尽くします」
そう、それしかないのだ。
ここに来た時から、地球を離れた時から、覚悟はしていた。
全力を尽くして、任務を成功させる。
それだけが自分にできることだ。
立体映像が次々と消えていき、またエイプリル中将の身振りに反応して、部屋の明かりが灯った。
「これが作戦計画書だ。機密レベルは低く設定してある。管理官の間で共有するといい」
机の上をまるでバーカウンターでグラスを滑らすように、データカードが滑ってきた。
ピタリとヨシノの前で止まる。
「中将閣下、お聞きしたいことが」
「何かな?」
「オスロが襲撃されて、死者は出ましたか?」
すっとエイプリル中将が眼を細める。無言のまま、ヨシノと彼の間で視線がやり取りされた。
「戦死者は四名、行方不明者が二名だ」
その返答が意味することに、ヨシノが気づくのも、エイプリル中将は織り込み済みだろう。
席を立ち、敬礼するヨシノにエイプリル中将が椅子にもたれて言った。
「必要な犠牲だ」
「わかっております。任務に、尽力します」
「許せ」
ヨシノは身を翻して部屋を出た。イアン中佐がついてくるが、話を聞きたがっているのは明らかだ。それくらいはわかる。
「さっきの質問ですね? イアンさん。六名の犠牲で終わるなど、ありえないことです。不意打ちなんですから、少なすぎます」
「虚偽の報告だと、艦長はおっしゃるのですか? 犠牲者を過小に報告している?」
「実際に六人の犠牲なんでしょう。管理艦隊は知っていたのです、何があるか」
まさか、とイアン中佐が呻くのに、構わずヨシノは推測を口にした。
「宇宙基地オスロの襲撃は、既定路線です。管理艦隊は、敵の動静をある程度、把握していると思います。スパイでも紛れ込ませているんでしょう」
「それは、確かに以前、管理艦隊内部の内通者をあぶり出したとは聞いていますが」
「その時、抱き込んだ人員がいる可能性もあります。敵のスパイを逆用したとか。全ては推測ですが。チューリングのことが気がかりです」
チューリングが直面するのは、実際の独立派勢力だろうが、彼らは背後にも敵を抱えているも同然なのではないか。
しかし今のヨシノやチャンドラセカルにできることはない。助けたくとも、遥かな距離を隔てている。そして情報を伝えるのは、作戦の内容に反する。
任務に尽力。
自分の言葉を反芻しながら、ヨシノは手で強くデータカードを握りしめた。
(続く)
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