4-5 試験の終わりと任務の始まり

     ◆


 イアンとコウドウ中尉、オットー准尉、それと情報分析のためにヘンリエッタ准尉の四人で会議室にいるのだが、誰もが黙り込み、空気は重かった。

「まあ、技術部の間抜けでも分離する安全装置を組み込んだだけ、まともだったかもしれん」

 低い声でコウドウ中尉が言うと、オットー准尉が唸る。

「判断が遅れて、申し訳ありません、副長、中尉」

「安全策だよ、准尉。もっと勉強しろ。あれが美しいが爆薬の塊だと知っているんだからな」

 コウドウ中尉の投げやりな口調は、イアンにも強く響いた。

 トライセイルの仕組みは、イアンはよくよく事前に学習したが、あれほどとは思っていなかった。

 循環器システムの血管と同種の仕組みで、あの薄い膜はいわば毛細血管でできている。

 膜の中に充填されている燃料液が、チャンドラセカルの血管の中を流れる燃料液の力を受けて巡り始めると、トライセイル自体が推力を生み出し、艦を進ませることができる。

 スネーク航行と同種の推進装置なので、痕跡を空間ソナーにはほとんど残さない。

 試験中にも考えたが、その隠蔽能力はある場面では重大な意味を持つ。

 だが、こうなっては現時点では安全性に重大な問題があるとするよりない。

「なんだろう、内部だけで燃料液を循環させる、循環器なしで循環させるのが、違うんでしょうか」

 技術的な話を始めるオットー准尉に、知らんなぁ、とコウドウ中尉が応じる。

「准尉、お前は技術者である前に、軍人だ。任務を考えろ」

 そんな風に強い口調をしている、苛立ったあまり噛みつきそうなコウドウ中尉をなだめ、イアンは結論を出した。

「トライセイルは取り外そう。試験は中止だ。カイロで降ろして、それで任務に入ることとする。良いな?」

「了解です」

「それしかあるまい」

 オットー准尉の返事と、ため息混じりのコウドウ中尉の返事。

「ヘンリエッタ准尉、トライセイルの試験の様子をレポートにまとめておいてくれ。隠蔽能力について技術部が知りたいだろうから。実際的な機能、構造的な問題点は、艦運用管理官としてオットー准尉がまとめるように」

 二人の若者が頷いて、揃って部屋を出て行く。

「艦に影響がなくて助かった」

 むすっとした顔でコウドウ中尉がイアンを見る。

 トライセイル二番が崩壊した時、その構造物が少なくない数、チャンドラセカルに衝突した。

 あの試験の場面で、チャンドラセカルは観測されるかどうかを調べるため、シャドーモードの装甲を選択していた。

 シャドーモードの時の性能変化装甲の強度も試したかった。

 それをオットー少尉が、トライセイル二番を切り離した後、ルークモードに装甲をとっさに切り替えていた。

 もしスネークモードのままだったら目も当てられなかっただろう。

 その点はオットー准尉の的確な判断力の証明だった。

「若者を少しは褒めたらどうだろうか、中尉?」

 からかうつもりでイアンが水を向けてみると、鼻を鳴らしただけでコウドウ中尉は席を立った。気にしていないようでもこれから艦のことをもう一度、確認するのだろう。それはイアンも同じだが。

 試験宙域を離脱し、航海すること三日で前方にホールデン級宇宙基地カイロが見えてきた。

 チャンドラセカルの各部には大きな異常はなし。装甲の損傷は繰り返し確認されたが皆無だった。

 宇宙基地カイロにある整備施設での微調整は必要だが、それはどこの艦船でも行われる、いわば最終調整だ。

 発令所でカイロとのやり取りをして、接舷するのを見守り、係留装置がチャンドラセカルを固定する。あとはその装置が整備施設という名の、ロボットアームに取り囲まれた空間にチャンドラセカルを引き込み、わずかな補修がされる。

 イアンは艦長席の受話器を取った。

「コウドウ中尉、カイロの整備兵を監督してくれ」

 わかったよ、と低い声が返ってくる。それ以上は言葉もないようなので、受話器を戻した。

 管理官たちはそれぞれの監督する範囲で、チャンドラセカルを再度、点検させてから、イアンに完了の報告する。最後はオットー准尉で、「チャンドラセカル、待機モードです」という言葉だった。

「よし、交代で休息をとれ。カイロへの移乗も許可する。機密レベルは四だと徹底させるように」

 管理官たちが頷き、それぞれの部下に通達を行う。

 待機状態でも管理官たちは交代で発令所に一人は詰める。最初はヘンリエッタ准尉だった。

 彼女がヘルメットを抱えて、まだメインスクリーンに映る宇宙の暗闇と宇宙基地カイロの表面を見ていたイアンに視線を送る。

「本当に、戻って来て下さるのかしら。副長はどう思っていますか?」

 誰のことを言っているのか、名前を出さなくてもわかる。

 イアンは一度、強く頷いた。

「絶対に、ここへやってくるさ。そういう方だから」

 ヘンリエッタ准尉は頷くだけで、自分の席に座るとヘルメットを着けた。

 もう一度、イアンは宇宙の果てに目をやった。

 それから二日の間にチャンドラセカルからは無事だったトライセイル一番と三番が取り外された。技術部が事前に手配していたので、カイロでその接続部分への処置が行われるのを、イアンはコウドウ中尉とともに見ていた。

 作業が終わり、二人で食事に行こう、などと話しているところで携帯端末がメッセージの受信音を鳴らす。イアンとコウドウ中尉、同時にだった。

 確認すると、宇宙基地カイロの第四会議室へ向かえ、という指示だった。発信元は管理艦隊司令部。

「やっと来たようだな」

 言いながら嬉しそうに笑い、イアンの腕を叩くとさっさとコウドウ中尉が無重力通路を進み始める。

 その背中を見送るように動けないでいるイアンに、訝しげな顔でコウドウ中尉が空中で姿勢を捻って振り返った。

「副長、行くぞ」

 ああ、と頷いて、どうにかイアンは床を蹴った。

 やっと、全員が揃う。

 そしてまた、任務が始まるのだ。



(第四話 了)

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