4-4 判断の速度

     ◆


 抜き打ちの訓練も無事に終わり、半日の交代での休息の後、最後の試験をすることになった。

 本来なら発令所にいないはずのコウドウ中尉がイアンのすぐ横に控えている。

「では、始めよう」

 イアンの言葉に、管理官たちが返事をする。

「オットー准尉、トライセイルを展開」

「了解。一番、二番、三番、展開します」

 見つめる先、観測衛星の撮影の映像の中で、チャンドラセカルから三枚の帯のようなものが展開された。特殊な折り方をされているため、どこに収納されていたのか不思議に思うほど大きい。

 帆というよりは翼だな、とイアンは考えながら、モニターの別ウインドウで表示されている三枚の特殊装備の様子を監視する。

 この三枚の帯は、正しく翼なのだ。

 モニターの表示では、トライセイルと名付けられた帯に流されている燃料液の活性状態がわかる。

「一番、二番、三番、燃料液が流れを始めました。エネルギー量、レッドからイエロー、グリーンへ」

 映像の中では三枚の翼がピンと張り、少し帆のようになった。

「意外にうまくいくじゃないか」

 コウドウ中尉が顎を撫でつつ、そんなことを言うが、イアンはまだ安心できなかった。

「オーハイネ少尉、推進装置を切れ。トライセイルから推力を得て、移動だ。推力は三十でいい」

「了解。オットー准尉、推力をくれ」

「トライセイル、全機、活性状態をグリーンで固定。燃料液からの推力、回します」

 がくんと艦が揺れたために、発令所の誰もがわずかに姿勢を乱す。イアンもよろめいた。

「何があった?」

「いえ、思ったよりも敏感です」

 オーハイネ少尉の声は緊張している。

「こんなに感度がいいとは思わなかった。次は大丈夫です」

 観測ブイに衝突しないように安全運転で頼む、とコウドウ中尉がぼやく。

 チャンドラセカルは推力二十を超え、三十に。揺れることなく真っ直ぐに飛んでいる。

「リンク状態、何も問題ありません。トライセイル、活性状態に変化なし。出力もです」

「旋回してみようか。オーハイネ少尉、急旋回で回頭しろ。速力は今のままだ」

「了解」

 推力三十での急旋回は逆に遅すぎて危険だろうか、という思いがイアンの頭によぎるが、今更、訂正しても遅い。すでに艦がその身を捻り始めている。

 凝視する先、メインスクリーンの中で、チャンドラセカルは百八十度の回頭をした。

 三枚の翼はどこにも接触しない。よく考えられたシステムだ。

「艦を静止させろ、オーハイネ少尉。即座にだ」

 様々な可能性を考えない限り、このテストは終わらない。

 チャンドラセカルは一度停止し、イアンの指示で急速発進した。トライセイルが艦を進ませ、今度は仰角での急速反転、艦が天地逆になったまま航走。もちろん、宇宙空間なので天地には大きな意味はない。

 今度も仰角で反転。次にピタリと艦を止めさせる。

 トライセイルはなるほど、悪くない装備だ。推進装置を使っていないが、それと同程度の速力を発揮し、細かな操艦も出来そうだ。

「最大出力を試そう。ポイントスリーがちょうどいい、そこを大旋回し、現座標へ戻る。推力は限界値の八十だ」

 発令所がやや緊張した空気になる。

 オットー准尉がトライセイルの活性状態を最大に引き上げる。オーハイネ少尉が推力を求め、すぐにオットー准尉が力を振り向ける。

 チャンドラセカルが真っ直ぐに飛び始める。

 かなり早い。スネーク航行ではこれだけの速力は出ない。それは性能変化装甲のシャドーモードの耐久力に起因するが、あれはあれでいいのだ、とイアンは思案した。

 シャドーモードを使う時に速力が必要になる場面は稀だろう。

 むしろトライセイルによる静粛性の高い高速機動と、ミューターによる隠蔽の組み合わせの方が、役に立つかもしれない。

 一撃離脱、不意打ち、奇襲、つまり攻撃には有利なのだ。

 いきなり警告音が鳴ったので、ポイントスリーを思考に浸ってぼんやりと見ていたイアンは現実に引き戻された。

「トライセイル二番に異常な高熱が発生しています。燃料液が内部で対流が起こしているようです。血管の破断が予想されます」

 報告するオットー准尉にイアンが指示を出す前に、さらに二つの警告が出た。

「三番にも同様の異常が発生しています。出力を絞りますが、二番はおそらく無駄でしょう」

 淡々としているオットー准尉だが、表情はこわばっているのが横顔でわずかに見えた。

「准尉、鎮静薬を入れろ。今すぐだ」

 やっとイアンが指示をした時、いや、遅い、とすぐ横でコウドウ中尉が言った。そしてイアンよりもはっきりと指示を出す。

「准尉、トライセイル二番を切り離せ。緊急時の対応で、強制分離。三番には鎮静薬でいい」

「エネルギーの暴走の危険が」

「緊急時の対応だ。さっさと切り離せ」

 切迫したコウドウ中尉の声に、オットー准尉が復唱し、端末を操作する

 ガクッと艦が揺れ、メインスクリーンの中では、チャンドラセカルから一枚の翼が分離され、宙を漂う。

 半透明で真っ白い翼がひらひらと漂ったかと思うと、いきなり光を発し、粉々になる。

 直後、何かが艦を叩く音が連続し、どうやら爆発したトライセイル二番の構造物が艦を打っているらしい。

「トライセイル二番、反応消失」

 オットー准尉がイアンを振り返るが、イアンはコウドウ中尉を見るしかない。

 その視線を受けた老境の機関管理官を口を歪めて、吐き捨てるように言った。

「技術部は試作品と最新鋭艦を心中させるつもりとは、子供の遊びじゃないんだぞ」

 それはそうだが、よくあの場面でコウドウ中尉が先を予測できたものだと、イアンはまじまじと彼を見た。

 その視線に気づいたのだろう、コウドウ中尉が鼻を鳴らす。

「老人の気配りに感謝するんだな。聞こえているな? オットー准尉」

 はい、とオットー准尉が生真面目に答えた時には、コウドウ中尉は発令所を出て行こうと身を翻すところだった。



(続く)

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