4-3 装置と技能

     ◆


 黒い森と呼ばれるポイントには、十分な距離をとって十六個の観測衛星が設置され、様々な計測装置でそこを管理している。

 イアンはチャンドラセカルの推進装置を切り、スネーク航行で走らせていた。装甲はシャドーモード、推力は六十五だ。

 発令所ではメインスクリーンが十六分割され、観測衛星からの情報が表示される。

 目視ではチャンドラセカルは見えない。空間ソナーも捉えていない。

 しかし出力モニターと呼ばれる試作品の探査装置では、確かな反応をチャンドラセカルは見せている。

「どうしたら隠蔽できるかな」

 オットー准尉の独り言に、オーハイネ少尉が答える。

「バッテリーで駆動させればいい。どうでしょう、中佐」

 こちらを振り向く操舵管理官に頷いて、イアンはやってみるように指示した。

 チャンドラセカルに求められるのは姿を隠す能力だが、それは機体の性能にだけ頼るわけにはいかない。

 装備や装置によって姿を消せない場合には、乗組員の工夫がものをいうものだ。

 思わぬ突破口が何にもある。

 機関管理官とやり取りがあり、コウドウ中尉が循環器を冬眠状態に切り替える。脈拍が一桁だ。ここまで抑え込むとできなくはないが即座の再起動にやや困難が生じる。それでもとりあえずはバッテリーは一番から四番までが使用可能なので、緊急事態にはおいてはそこからのエネルギー供給で推進装置を稼働させることになる想定である。

 艦が静まり返る道理がないのだが、ややいつもと種類の違う音がしたのを、イアンは感じた。

 メインスクリーンの中で、じっとチャンドラセカルの反応を見る。

「良さそうですね、微弱になりました」

 オットー准尉の報告の通り、チャンドラセカルを捉えていた出力モニターの表示が、薄れていく。出力モニターは熱分布を示す色の明暗に似た形で、宇宙を示す。今、チャンドラセカルを示していた明るい文様が、消えていく。

 それでも最後にわずかに残る。これはバッテリーの内部のエネルギーだろう。

「敵が同様の装備を持っていれば、見逃してくれないと思いますが、中佐のお考えは?」

 オットー准尉の問いかけに、イアンは少し考えた。

 完全に姿を消せる存在はいない。

 反対に空間ソナーなら、ミューターを逆用することで、いるはずのところをいないように見せることができるのを逆転させ、いないはずのところにいるように見せかけることができる。

 出力モニターにはその手の機能や発想が今のところはない。まさに今のところ、というべきだろう。とりあえずは未完成、不完全な発想しか通用しない装置なのだ。

「ミューターを使って欺瞞するしかないな」

 イアンの結論に、妥当だと思います、とやや無礼ながらオットー准尉が頷く。

 それからヘンリエッタ准尉が千里眼システムを試験した。彼女はすでに周囲の十六機の観測衛星のデータを取り込み、発令所のスクリーンに表示させているのだが、さらに外部の観測装置へ範囲を広げる。

 メインスクリーンに近辺の艦船からの観測データが重なり、発令所の管理官たちの頭上に立体映像が浮かび上がる。

 中心にはチャンドラセカル、その周囲を緩く囲む十六機の観測衛星、さらに複数の艦船が周囲にいることがわかった。

 索敵範囲は十スペースほどだ。

「これがおおよそ限界ですね。電子頭脳の視覚化処理がされていない感も私には聞こえてますが」

 ヘンリエッタ軍曹がヘルメットを外して、自分でも頭上を見上げる。

「なんでも、チューリングの索敵管理官は十五スペースの範囲を通常の空間ソナーで把握したそうですけど」

「天才と自分を比べるのはやめておいたほうがいい、ヘンリエッタ准尉。自分にできることをやればいい」

 覚えておきます、と口元をほころばせる索敵管理官に頷き返し、イアンは試験をさらに進める。

 次は無人戦闘機の試験になる。

 全くデタラメな、賭け事の結果で巻き上げた最新鋭の無人戦闘機が二機、チャンドラセカルには搭載されている。この二機は以前、チャンドラセカルに搭載されていた無人戦闘機の後継機だ。

 何が一番の僥倖かといえば、この無人戦闘機を搭載する時に、チャンドラセカルに改良を施す必要がなかったことだった。以前と同じ規格のまま、搭載された。

 この二機が艦から分離され、チャンドラセカルも眺めているわけではなく、無人戦闘機に襲われているというシチュエーションで、模擬戦を始める。

 戦うというより、迎撃し、戦場からの脱出までの時間を稼ぐことになる。

 イアンは戦闘の指示を出しながら、ここにはいない艦長のことを考えた。

 あの青年より、自分が正しい選択を出来るとは、信じられなかった。

 管理官たちはどうだろう、と心の隅で考えたりもした。発令所では誰も何も言わず、指示に従っている。

 模擬戦闘はチャンドラセカルが逃げ切る形で、決着した。形の上ではチャンドラセカルは設定した座標で、準光速航行で現場を離脱したのだ。

 損害報告を出させ、それを補修する指示を出すところまで訓練として行ってから、イアンは模擬戦闘の終了を告げ、短い休息を乗組員に与えた。

 試験は二日間に渡って行われる。

 実は乗組員が休んでいるところでも、いきなり状況が始まり、抜き打ちの訓練になる計画もあった。

 発令所で空席の艦長席の横に立ったまま、管理官たちが話をしているのを前に、イアンは考えた。

 船はおおよそ万全だ。

 あとは指揮官さえも迎えれば、この艦は強力な一個の刃になる。

 しかしそれを何に向けるのか。

 イアンもそれを考えないわけにはいかない。今はいない艦長の一助になるためには、思考することだ。

 管理艦隊で過ごしてきて、チャンドラセカルの一度目の航海を経た時、何かが変わり始めた。技術者ではなく、軍人、戦場に立つものとして、イアンは生まれ直したようなものだ。

 イアンはポケットから携帯端末を取り出し、抜き打ちの訓練開始時間を確認した。



(続く)

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