第4話 試験

4-1 試作品

     ◆


 部屋の空気にある期待に応える必要を、イアンは確かに感じた。

 だから、

「諸君、再び任務が与えられる」

 そう言ってから、思わず笑っていたのだ。声こそ出さないが、口元が緩む。

「我らが艦長が戻ってくるぞ」

 反応はまずは気配、続いて「最高だな」とリチャード・インストン軍曹が口にした。まさしく、とオルド・オーハイネ曹長が続ける。

「それで、まずは試験航行ですか。これでもチューリングに一年以上は遅れている」

「その分、装備は整っている」

 イアンはそう言ってから、まずオーハイネ曹長、次にシュン・オットー軍曹を見た。そのままコウドウ准尉まで視線を移動させる。

「操舵管理官と艦運用管理官、機関管理官とは話がある。少し残るように。他のものは出航の準備を始めろ。遅くても出航は一週間後だろう。部下を掌握し、万全の態勢で臨めるように。詳細なスケジュールは今日の夜には通達する。以上だ」

 了解です、とオーハイネ曹長とオットー軍曹、コウドウ准尉以外が部屋を出て行く。

 オットー軍曹が姿勢を正し、しかしぐっとイアンに乗りだした。

「話は聞かなくてもわかります。トライセイルのことですね?」

「そうだ。艦運用管理官として、どんな評価かな。報告書では、未知数などと書いてあったが」

 そうですね、と腕組みをしたオットー軍曹が少し俯く。

「実用に耐えるなら、面白いことになります。ミリオン級には二つの忍足が選べるわけです」

「つまり、シャドーモードを稼働した性能変化装甲とスネーク航行を合わせた忍足と、ミューターを使っての忍足だな」

「そうなります。もちろん、理想としてはシャドーモード、スネーク航行、そしてミューターの三つの同時稼働した、完全な隠蔽モードが好ましいでしょうが、戦場はそこまで限定的ではないですからね」

 噂だが、と唸るようにコウドウ准尉が言う。

「ノイマンが極秘に改修を受けていてな、そっちには性能特化装甲が回されているそうだ」

「性能特化装甲?」

 眉をひそめたのはオーハイネ曹長だった。説明するよ、とオットー軍曹が発言。

「性能変化装甲は、第二版では四つのモードを持つ。シャドー、ルーク、ミラー、そしてスパークだ。この四つがそれぞれまともに機能するように、チューニングされているんだ。だが、性能特化装甲は、具体的に言えば、シャドーモードに特化している。隠蔽性能、静粛性、それらにバランスを振り分けている」

「そんなことでは相手に対処できない場面があるのでは? 攻撃を受けたらどうなる?」

「答えは簡単だ」

 顔を上げたコウドウ准尉は渋い顔をしている。

「撃たれなきゃいいんだ。見えないんだから、撃たれる心配がない」

 そいつはまた大胆だな、とオーハイネ曹長が呟く。

「話を戻そう」イアンが軌道修正した。「トライセイルは実用に耐えられるか?」

「技術部門がもし本気でそう思っていれば、脱着式にすると思いますか?」

 嫌味ではなく、ジョークとしてオットー軍曹はそう言っているらしい。つまりコウドウ准尉と同意見ということだ。

「爆薬と寄り添って旅をするとは、心が躍るじゃないか」

 イアンがそう言うと、パチパチとオットー軍曹が瞬きをして、オーハイネ曹長と顔を見合わせている。

「どうした?」

 いえ、などと言い淀んでから、オーハイネ曹長が笑いながら言う。

「副長は少しお人が変わられたな、と思いました」

「これが元々だ。そうだな、准尉」

 その通り、とコウドウ准尉がバンザイするのに、二人の下士官は不審げだったが、追及を止めた。

 四人で話し合い、とにかく新装備のトライセイルは早めに実験をして、使えるか使えないか、試そうということになった。

 話を打ち切って部屋を出たが、オーハイネ曹長の提案で、食事をすることになった。艦が出航すれば、まともな食事にはありつけなくなる。

「ミリオン級と同程度の循環器で実験した感じでは、良いそうですがね」

 オットー軍曹が苦々しげに言う。またその話に戻ってしまう四人である。

「しかし、ミリオン級と同程度の循環器で、同程度の質量で、同程度の速力を出す実験機は作れなかったそうで、仮想空間での試験が精一杯だそうです」

「そりゃそうだ」コウドウ准尉が顎を撫でる。「そいつはもうミリオン級をもう一隻、建造するのに近いからな」

「そういう計画は、連邦軍にはないわけですか? 准尉?」

 そうオーハイネ曹長に尋ねられたコウドウ准尉が「少佐は知っているかね」と話を向けてくるのに、イアンは正直に何も聞いていないことを伝えた。

 もし自分なら、ミリオン級よりも小型の潜航艦を建造するだろう、とは思った。そしてそれに一撃必殺の武装、電磁魚雷のようなものを積む。その艦が神出鬼没に敵を攻撃すれば、ワンサイドゲームも夢じゃない。

 問題は、立場が逆なことだ。

 独立派勢力の方が、その奇襲作戦を行える立場にある。連邦宇宙軍は受け身、対処療法が基本になっている。

 こんな夢想をするとは衰えたか、などと思うイアンである。

 それから四人で食事を続け、食後にはイアンは自分の執務室で書類仕事を片付けた。その最中に管理艦隊司令部から通達があり、チャンドラセカルは三日後、フラニーを離れてホールデン級宇宙基地カイロへ向かう航路で、試験航行を行うように、という内容だった。

 責任者は艦長代理のチャールズ・イアン少佐。

 その文章を受領して、仕事へ戻ろうとすると、今度は管理艦隊の人事部から通達があった。

 チャンドラセカルの乗組員の昇進の内定を伝達する内容だった。

 これは限りなく事実に近いと思われる噂では一年以上前に聞いていたが、ついに現実になったか、とイアンは感慨深かった。

 イアンは少佐から中佐に昇進だ。

 それで何が変わるわけでもない。しかし責任というものは、再確認できた。

 艦長が戻ってくるまでは、チャンドラセカルはイアンとその部下で守らなくてはいけない。

 携帯端末をデスクにおいて、イアンは最後の書類の束に取り掛かった。



(続く)

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