3-5 同志
◆
誰かが耳元で喚いている。
二機の無人機は複雑に捻れた軌跡を描いている。
どちらも機体の限界を超えているだろう。
我慢比べではない、度胸比べでもない。
比べているのは、ほとんど運だった。
運がいい奴が勝つ。
ユーリ機がぐっと機体を極端にひねり、途端、モニターに赤い表示が三つ、同時に点灯。エネルギーパイプの破損。そこからのエネルギーの流出の警告。出火の警報。
手元のスイッチを操作し、破断した部分を閉鎖。素早くエネルギーラインをバイパスさせ、さらに消火システムは人工知能が自動で作動させたのを中断させる。燃料がなければ、あとは酸素がないのだから激しく燃えるわけもない。
機体はきりもみを始めているが、それが人工知能機の射撃から機体を救った。不規則な運動になった。
しかしそれも一瞬だ、次には照準を補正される。
ぐっとペダルを踏み込む。
画面がまた揺れる。三機を積んでいる推進装置の一つが機能停止。緊急事態を告げる赤い表示の点滅。再起動を問いかけてくる人工知能に、必要ないと音声入力。
両手がそれぞれにスティックを操る。
まともなスタスラーの方が少ない。推進装置は生きている二機の片方がぐずっている。
構うものか。
勝てば良いのだ。
人工知能機は背後に食いつき、こちらを正面においている。その上、ユーリ機は機体の上面をその機首に向けていて、照準できる面積が広すぎる。どんな下手でも外さないだろう。
圧倒的不利。
ユーリ機を撃墜するまで、三秒も必要ない。
しかし二秒は猶予がある。
ペダルを蹴飛ばし、ギアを切り替えるのに半秒。
スティックが推進装置に最大出力を発揮させる。
モニターには無人戦闘機の基礎フレームに危険があるという赤い表示が点滅。
どこもかしこも真っ赤っかだ。
勝てばいい。
この戦場はこの時だけなのだ。
生きるも死ぬも、今この時。
オーケー。
勝った。
ユーリ機が限界を超えた運動で人工知能機の射線を回避した。
トリガーを引いた自覚はない。考えていては、外しただろう。
この刹那だけ、敵機の位置や運動、自機の運動と射軸のずれ、全てが直感的に理解できた。
二機がすれ違う。
「終わりだ、キックス軍曹。聞こえているか」
機体を制御しようとするが、途端に困難になったような気がした。実際にはつい一瞬前までは制御していたわけだが、自分の技量がこうなると信じられなくなる。
「あー、ルータス技術中佐、聞こえる?」
推進装置が暴走しそうなのを緊急停止させる。人工知能が緊急停止不可能で制御を放棄したという通知を出す。
「何だ? キックス軍曹」
「機体が制御できないのよ。推進装置が暴走して、今にも花火になりそう」
一瞬、技術中佐は絶句したようだが、ユーリは指示を待つなどということはせず、無人戦闘機をフラニーから可能な限り離れさせ、最終的な緊急手段のエネルギーの放出を行った。
結局、無人戦闘機は努力もむなしく推進装置の一つが爆発し、三つに分裂し、どこかへすっ飛んで行った。立派な宇宙のゴミとなったわけだ。
脱力して操縦ポッドを降り、ヘッドマウントディスプレイをもぎ取ってシートに放ると、「さすがじゃないの」と声をかけてくるのは、隣の操縦ポッドを使っていたアンナ軍曹だ。
振り向いたところへ、ゼリー飲料のパックが放り投げられる。
遠隔操縦士のスーツを着ているが、汗をびっしょりとかいている。喉の渇きを癒すために、ゼリーを吸い込み、やっと落ち着いた気がした。
「最後の瞬間、よく狙えたわね」
アンナ軍曹の呆れている声に、ユーリは笑うしかない。
「当てられる気がした。神様が降りてくるって奴ね」
「そんなに必死にならなくていいものを」
「手を抜いて撃墜されたわけ?」
「それは記録映像を見ればわかる。ただ、これで私も船を降りずに済みそうね」
二人でそんな話をしているところへ、ルータス技術中佐とヘレン中尉がやってきた。
もっと怒っているかと思ったが、ヘレン中尉はどこか目がキラキラとしている。一方、ルータス技術中佐は憮然としていた。
「まさか、わざとやったわけじゃないな? キックス軍曹」
「何の話?」
問いと一緒にアンナ軍曹が視線を送ってくるのに、ユーリは肩をすくめる。
「勝った方が備品の損耗分の金を払う約束をしてあったのよ」
呆れた、とアンナ軍曹がつぶやき、次には笑い始める。そしてルータス技術中佐に視線を送った。
「ま、勝負は勝負だからね、中佐。男でしょ?」
男も女もない、とユーリは思ったが、そもそもこの場にいるのは男一人に女三人で、その数的不利にルータス技術中佐も気づいたようだ。
請求書を出せ、と言って彼は去っていた。
残ったヘレン中尉がユーリに歩み寄ってきて、文句でも言われるかな、と思ったが、飛行記録を取っているか、聞かれた。思わずアンナ軍曹を見るが、彼女にもヘレン中尉は飛行記録について訊ねている。
二人とも、連邦宇宙軍の規則に従い、記録はつけているし、個人的にも保存していた。実機を操って戦闘になる機会が少ない無人機操縦士は、過去の記録を検証するものが大半だ。失敗はそこにあるのだから。
飛行記録を是非、見せてください、とヘレン中尉が頭を下げるので、まあ、いいか、とユーリは承諾した。アンナ軍曹も憮然としながら、それに応じるが、そこでヘレン中尉がさらなるお願いとして、三人で戦闘記録を検証しよう、と言い出した。
明日にしようよ、とユーリが言うと、さすがのヘレン中尉もユーリとアンナの疲労具合に気づいたようだった。ちなみにヘレン中尉は人工知能を見守るだけなので、操縦服ではなく、制服のままである。
約束をして、翌日、三人は小さな会議室で一日中、話していた。途中でコウドウ准尉が来て、ルータス技術中佐に提出する無人戦闘機一機まるごとと、比較的軽度の損傷のもう一機の修理の請求書の確認をしていった。
そのコウドウ准尉に、ヘレン中尉が平然と言った。
「私の機体を置いて行きますけど、そちらで使えそうですか?」
「私の機体?」
「外にある奴です。もうペイント弾の汚れは消えているはずですが」
そいつはまた、とコウドウ准尉が頭上を仰ぐ。わざとらしい感情表現だ。
それから彼は、金が惜しいから請求書は技術中佐に渡してくるよ、と去って行った。
ヘレン中尉は、ユーリにも、そしておそらくアンナ軍曹にも、貴重な同志となった。
こうしてルータス技術中佐は二人の女性操縦士に手出しするのを諦めた。
あるいは諦めていなくても余計な口出しをする余裕はなくなった。
我らが艦長が帰ってくるまでに、チャンドラセカルを試験航行する必要が生じたからだ。
その試験航行は、実質的に、艦長を迎えに行く航海だった。
(第三話 了)
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