3-4 対決

     ◆


 模擬戦闘が始まる時間、ユーリとアンナ軍曹は操縦ポッドにそれぞれ収まり、機体のチェックをしていた。

 機体の整備は機関部員から兵士がやってきて行い、この訓練に際してもチャンドラセカルの機関部員、コウドウ准尉の部下が参加してくれている。

 ヘレン中尉がどうするのかと思うと、びっくりすることに人工知能に任せているという。

 その話を聞いた時、見せてもらえる? と思わずユーリが口にすると、ヘレン中尉は気前よく受け入れてくれた。アンナ軍曹も付いてきたし、機関部員も付いてきた。

 ヘレン中尉がフラニーへ持ってきた無人戦闘機は、びっくりすることに最新鋭機だったし、それが二機揃っていると、威圧感がすごい。それだけでも実力を示しているような気さえする。

 その二機がフラニーの係留装置に繋がれ、その表面を何かが動き回っていると思うと、それが整備ロボットだという。

 親切なことにヘレン中尉が古風なオペラグラスを差し出してくるので、それをすぐにユーリは整備兵に渡した。その整備兵が肉視窓の向こう眼鏡の奥で目を細めていたせいもあるし、この時代でも操縦士には高い視力が求められる。

「あのロボットが整備をしているわけ?」

「人間の目視以上には精密ですね」

 平然と答えるヘレン中尉に、落ち込むなぁ、と整備兵の一人がぼやいたものだ。

 そんなやりとりを思い出しながら、ユーリは操縦ポッドの中で自分の機体の状態を確認した。整備兵を信用しているし、その技量も知っているが、さて、機械より精密にできるものだろうか。

 しかし精密な点検をしたところで、戦いの中で不具合が起こるのは当たり前だ。

「聞こえるかな、ユーリ軍曹、アンナ軍曹」

 額の方にヘッドマウントディスプレイを押し上げているが、両耳にはヘッドホンが当たっている。そこから朗々とルータス技術中佐の声が流れてきた。

「模擬戦は四機でのドッグファイトとする。二対二だ。最後に残っている方の勝ちだ、わかりやすいだろう」

「戦場じゃない場所だと、最後に生きている奴が勝者じゃない場合があるのかねぇ」

 ぼやくアンナ軍曹に、どこかにはあるのでしょうよ、と応じて、素早くユーリはヘッドマウントディスプレイを下げる。スティックとペダルの微調整と同時に、無人戦闘機のコンディションの最終チェック。

 オールグリーン。

 さて、戦おう。

 思う存分、自由に、気ままに。

 カウントダウンが始まる。

 耳元で誰かが、先に人工知能機を射出する、二人は十秒後だ、と言っている。

 見ている前で、最新鋭機が係留装置から切り離され、射出される。レーダーで状況を確認。頭を押さえるオーソドックスな動きだ。

 集中が高まる。

 モニターの端でカウントがゼロに。モニターの映像が流れていくことで、係留装置の射出システムが無人機を打ち出したのがわかった。

 頭上から銃火。

 ペイント弾だが実戦さながらなのは、攻撃に鮮やかさを求めてこないところにある。

 かっこよく勝つつもりはないらしい。

 機体の運動性能を削いでから、メインディッシュ、ということか。

 良いだろう。

 ひらりと火線を回避し、アップ。

 狙われる。ロールしながら、ダイブ、フラニーを高速で回り込む。

 ペイント弾の帯がフラニーの表面にできる。ユーリ機は振り切る。

 アンナ機が何をしているかは、ユーリには見えない。一対一になったようだ。

 素早く機首を上げ、急反転、人工知能機と向かい合う。

 ペイント弾の筋が交差。

 どちらにも当たらない。

 推力全開、すれ違う。

 素早くブレーキ、スラスターが限界出力で機体を捻る。

 短い警告音。無視。

 ユーリ機の方がわずかに早く、反転する。

 照準、発砲。

 外れる。

 モニターを一瞬でチェック。急反転で機体にエラーが出ている部品がある。機銃の軸もわずかに歪んでいるようだ。目の前で反転しようとしている人工知能機に再度、発砲。

 よし、軸のずれはおおよそわかった。

 その代わり、今度はユーリ機が追われる番になる。

 必死に逃げる。機体の各所で部品に不具合が続々と出始める。

 ここまで激しい無人戦闘機同士のやりとりは、めったにない。宇宙海賊やテロリストの技量はその程度だ。

 機体の限界に挑戦するような運動の連続。

 ガツンとカメラが揺れる。

 被弾したか、と思うが、違う。

 左舷のスラスターの一つが死んでいる。過負荷による暴走だろう。

 燃料の供給をカット。エネルギー残量はあと十分ほどは耐えられる。

 十分など、落とすには余裕のある時間だ。

 スラスターの不具合を逆手に取り、衝撃を利用して無理やりに機体を滑らせる。

 人工知能機が目の前にやってくる。照準する間はない。

 あまりにも近い。

 友軍なら衝突回避システムが働きそうな距離だ。

 トリガーを引く。

 確かな手応え。

 耳元で苦々しげに誰かが何かを言う。

 人工知能機二番機は撃墜。

 その声に重なるように、罵り声がする。

 あとは任せた、ユーリ!

 アンナ軍曹の声だ。

 アンナ機は撃墜だ。そんな声もする。

 機体を走らせ、レーダーで敵を探す。向かってくる。無人戦闘機。

 一対一か。

 良いじゃないか。

 まだ踊れる。

 時間を確認。エネルギー残量はあと五分ほど。

 楽しもうじゃないか。

 命がけではない?

 命はいつでも、賭けている。

 リアルが常に、ディスプレイの中、モニターの中、スティックとペダルの先、トリガーの奥にあるように。

 今、私の命は機体に宿っている。

 ユーリ機をかすめて、ペイント弾が走りすぎる。

 敵が来た。



(続く)

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