3-3 生が死に変わる手応え
◆
管理艦隊では、ユーリもアンナも独立派勢力の艦船と戦うことになったが、彼らは宇宙海賊と似通った部分もあれば、全く違う要素もある。
宇宙海賊たちは連邦宇宙軍に捕捉されると、最後には諦めて強制労働を選ぶという選択肢を持つが、独立派勢力にはその選択肢がない。
独立派勢力は地球連邦が最も興味を持つ存在であり、しかも全容を把握していない存在なのだ。
少しでも手がかりがあれば、必死に探り出すのが疑う余地のないところである。倒すよりも捕まえるのが優先される。
そんな独立派勢力が相手の任務の中でユーリが衝撃を受けたのは、推進装置を破壊された密輸船の乗組員を確保した場面だ。
拿捕された後、全部で四人の乗組員が管理艦隊の哨戒船に連行された。
その光景をユーリは無線操縦のための部屋から、モニターに船内カメラの映像を映して確認していた。別に興味があったわけではなく、緊急事態に備えて船内カメラで状況を確認するのが規則だったのだ。
悲劇は、ユーリが見ている前で前触れなく起こった。
四人のうちの一人がぐっと身を屈めた、と思った時にはモニターが真っ白になり、船が揺れた。
爆破だ、とすぐにわかり、ユーリは部屋を飛び出そうとした。しかしドアが開かない。ドアの脇の端末を操作すると、気密が破れていて、補修が終わるまでは外へ出られない、と人工知能の電子音声が冷静すぎるほど冷静に告げる。
悪態をついて、ユーリは操縦ポッドへ戻り、操舵室と連絡を取った。そこには操舵士と艦長、副長の誰かはいるはずだった。実際、モニターには副長が映った。真っ青な顔をしていたが。
それから慌ただしいやり取りの後、ユーリは強化外骨格を遠隔操縦し、船の補修作業を手伝い、とりあえずは船は航行可能となった。
やっと事態の全貌がわかり、確保した四人の男たちは全滅、それに巻き込まれた管理艦隊の兵士八名が行方不明になっていた。
この十二人は、遺体の回収も不可能だった。バラバラにけし飛ぶか、空気とともに宇宙に吸い出され、そのまま消えてしまった。
命をかけてまでやることか。
それがストリックランド級宇宙基地キエフへ戻る途中、ユーリが繰り返し考えたことだった。
命をかけてまで、戦うのか。
自分はどうだろう?
こうして安全なところから無人戦闘機で戦い、そんな戦い方は命がけとは程遠い。
しかし命をかけること、危険にさらすことが正しいとも思えない。
では何が正しい?
正しい戦い方なんて、あるのだろうか。
勝てばいい。
生き残ればいい。
そういうことだろうか。
キエフへ戻ると、ちょうどアンナと顔をあわせることができた。彼女との出世競争は、この時には二人ともが軍曹に昇進したところで、並んでいた。
「戦死者が大勢出たらしいわね」
場所は食堂で、ユーリがピリピリとしていたからだろう、誰も近づいてこなかったのに、アンナ軍曹は平然と近づいてきた。それでユーリは少しだけ心を開くことができた。
苛立っていても、ふさぎこんでいても仕方がないのだ。
「相手が自爆した。船の一部が吹っ飛んで、宇宙に消えたよ」
「それであんたは落ち込んでいるわけだ」
「落ち込んじゃいない。考え込んではいるけど」
「何をそんな顔をして考えるわけ? 戦死者の遺族の心配とか?」
ため息を吐いて、ユーリは言葉を選ばず、アンナ軍曹に疑問をぶつけてみた。
任務に命を賭けているか、と。
「任務に命を賭けるって、まぁ、普段は意識しないけどね」
比較的まともな料理をつつきながら、アンナ軍曹は気楽な口調で言った。
「でも、独立派の連中の艦船は、本気で攻撃してくるじゃない。それは宇宙海賊もだけど。船が沈めば、私たちだってお陀仏よ。そう思えば、つまり私たちだって命を賭けているわけよ」
「私たちは穴倉にこもって、安全に戦ってさ、卑怯じゃない?」
「あんた、そりゃ考えすぎよ。何を日和っているか知らないけど、敵も味方も形はどうあれ命がけで、その上で命の取り合いをしているわけよ。そんな様子じゃあ、あんたは私の敵じゃあないわね」
むっとして、ユーリはさっさと食事を済ませて、席を立った。
「ユーリ!」
テーブルから少し離れたところで大声で呼び止められ、アンナ軍曹の方を振り向くと、強気な視線が射抜くようにユーリの瞳を真っ直ぐに見た。
「あんたが無事で良かったよ。死なないでよ、私より先にはね」
あまりにその瞳がギラギラしているので、ユーリは危うく気圧されそうになった。
ほんの半瞬でユーリは同種の瞳を作ることに成功した。
「あんたこそ、死なないでよね、アンナ」
二人は笑みを向けあうでもなく、まるで猛獣同士が何かを確認し、そっと間合いを取るように、背中を向けあった。
あの日から数え切れない昼と夜があり、戦いの日々が続いた。
大勢が殺され、そして大勢を殺してきた。
それが戦争だとは割り切れなかった。
操縦ポッドから見る、リアルな宇宙は、ユーリにとってはまぎれもない現実だ。
そこには生と死がある。
遠隔操縦でも、戦闘機の機銃が敵機をバラバラに解体する時、独特の手応えがスティックには、機銃の引き金にはある。
生を死に変える手応え。
その手応えを感じなくなるまでは、戦えると考えていた。
そして今も、チャンドラセカルが帰還して、訓練の日々になってからも、まだシミュレーターの引き金には手応えがある。
まだ戦える。
模擬戦の前日にフラニーにやってきた教導艦隊からの出向だという女性の軍人は、階級章は中尉だった。年齢は三十代で、ややユーリとアンナ軍曹より年上だろう。
「箱入り娘じゃなかった」
ボソッとアンナ軍曹がつぶやき、その中尉と握手をする。ユーリも手を握った。
同席していたルータス技術中佐が嬉しげに宣言した。
「ヘレン・シーカー中尉、ゆっくり休んで明日に備えてくれ。人工知能には休息はいらないだろうがね」
何かのジョークかと思ったが、誰も笑わない。当のヘレン中尉はそれでも取ってつけたような笑みを見せ、
「敵は休ませてくれません」
と応じていた。
なるほど、ごもっとも。
こうして役者は揃ったことになる。
(続く)
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