3-2 半生の前半と後半

     ◆


 ユーリ・キックスの経歴には特にこれといって特殊な要素はない。

 前半は、と限定したならだが。

 彼女は火星で生まれた火星人だが、両親は連邦の出先機関に職を得ており、家庭環境としては火星で当時から蔓延していた、地球連邦からの経済的独立を目指す「自立派」の思想とはやや距離があった。

 この自立派と、火星政府議会の過半数を単独で占める保守党とその後ろ盾の軍官民の大半が支持していた守旧派勢力の対立は、ユーリが五歳の時に大規模な衝突を招き、結果、自立派はほぼ一掃された。

 ユーリは小学校、中学校、高校と一貫教育を行う女子だけの私立学校に通い、言ってみればお嬢様の見本と化していた。

 そんなユーリの生活で外部との接触があり、言って見れば、平凡な人々との接点だったのが、奇妙な老人が経営する遠隔操縦装置の技能者育成塾だった。

 そもそもユーリがこの手の戦闘機や強化外骨格の遠隔操縦に興味を持ったのは、中学校の授業の一環で実機の強化外骨格を操ったことによる。

 学校の敷地で、屋外に設置された強化外骨格を遠隔操縦する、というだけの体験学習だ。

 クラスメイトが四苦八苦し、人工知能のサポートを受けている横で、ユーリだけが自由に強化外骨格を動かすことができた。これはほとんど直感的なもので、もっとも最後には強化外骨格は派手に転倒し、片方の肩が曲がらない方向へ曲がって終わったのだが。

 それからユーリは興味を持ち、火星で遠隔操縦士の育成塾を探し、両親に頼み込んで、その老人の育成塾に出会った。

 老人は七十代で、本人も戦闘機の操縦士だったらしい。しかも老人が現役の時は実際に機体に乗った時代である。

 その育成塾には十人ほどの塾生がいて、そのうちの四人は社会人だった。趣味程度の楽しみなのだ。他の六人は学生だが、大学生が二人、高校生が三人、そして中学生のユーリである。

 このうちの大学生二人は、明らかに本気の度合いが違った。

 二人ともが遠隔操縦士の免許を取り、それを売りにして小さな会社を起業する、と公言していた。そのための資金もアルバイトで貯めているし、アルバイト先自体が遠隔操縦用の強化外骨格の整備工場だった。

 その二人を見たとき、ユーリは心を打たれた。

 自分にもそういう道筋を選ぶ権利がある。

 未来は自由に決められるのだ。

 結局、ユーリは高校卒業まで、その塾に通い続け、二人の大学生が大学院生になり、さらに技能を磨くのに追いつこうと必死になった。

 最後まで勝てなかったが、しかし、別の形で勝利を示すことはできた。

 それはユーリが連邦宇宙軍の訓練学校の入試に合格した、という結果だった。

 これには二人の大学院生も驚き、次には不思議そうにしていた。ユーリは試験のために必死に勉強したし、無人機の操縦も可能な限り、シミュレーションでの訓練を続けたのだ。

 そうしてユーリの人生の前半、お嬢様としてのおしとやかな生活は、これで終わった。

 訓練学校は地球の衛星軌道上にあり、エリートが集まる士官学校ほどではないが、そこそこに使い手が集まる。ユーリが入ったクラスでも、これはと思わせる生徒が何人かいて、実際、彼らには模擬戦闘でも、座学でも、差をつけられた。

 ユーリにできることは限られている。とにかく勉強し、訓練するしかない。

 訓練学校での生活は、ユーリには新鮮で、異性がいることもそうだし、生徒の年齢に幅がある上に、それぞれに背景が違うことも面白かった。

 大学を中退したものもいれば、社会人になってから仕事を辞めて入ってくるものもいる。家計が苦しく軍人になるしかない幼い外見のものもいたし、逆に家を飛び出して軍人になろうとするものもいる。

 共感できるできないというのはユーリの中にはない感覚で、ユーリにとってクラスメイトは仲間である前に敵で、つまりライバルだ。

 訓練学校は三年制であっという間に過ぎ去った。

 卒業後は、二等兵からスタートだ。ユーリは火星に駐留する第二十一艦隊、その中の哨戒船カントに乗り込んだ。この哨戒船には一機の無人戦闘機が搭載されていて、これがユーリの初めての愛機になった。

 哨戒船の常として、海賊行為を摘発することが主な任務になる。これが地球連邦の成立後における主な戦闘のうちの一つだ。連邦宇宙軍は海賊摘発が主任務とまことしやかに言われるのもこれによる。

 というわけで、ユーリはいきなり実戦投入されたことになった。

 彼女が恵まれていたのはこの哨戒船カントが、呪われていると言われるほど海賊に遭遇したことだ。

 その不運な海賊たちはそっくりそのままユーリに実戦の機会を提供し、戦果さえも提供した。

 そうして数年が経つ間に、ユーリは階級を上げていき、伍長に昇進すると同時に、管理艦隊から声がかかった。実戦経験豊富な、有能な下士官を探しているという話だった。

 ユーリとしてはそれは望んだ通りの道筋だった。

 そうして管理艦隊に加わったユーリは、アンナと出会った。

 アンナはユーリよりほんの一歳若いだけで、経歴はほとんど同じだ。同じように高校卒業と同時に訓練学校に入学し、そこで三年を過ごし、あとは火星にほど近い場所を縄張りとする艦隊で、哨戒船に乗る。そこでの武勲で管理艦隊へ移される。

 この何から何までそっくりな二人は、管理艦隊で初めて顔を合わせ、最初の最初から打ち解けたが、もっとも握手などをする前に、シミュレーターで手合わせをしたのだった。

 最初の対決は、決着がつく前に消灯時間になり、引き分けだった。



(続く)

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