第3話 遠隔操縦士のプライド
3-1 遠隔操縦士
◆
客が来たな、というのは気配で分かった。
場所は宇宙ドッグフラニーに併設の訓練室で、そこには四台の無人戦闘操縦ポッドがある。チャンドラセカルに積まれているものと同じだ。最新型の端末。
ユーリ・キックス軍曹はヘッドマウントディスプレイを外し、ちらっと、目の前の通常のモニターを横目にして、背後を振り返った。その間にも片手を伸ばしてスティックをいじり、片足はペダルを踏んでいる。
「どうも、技術中佐殿」
ユーリの方から声をかけると、その中年の軍服の男は、ニヤッと笑った。
「訓練中、すまないね」
何を勝手なことを。この部屋に入って訓練しないのはアンナ・ウジャド軍曹くらいのものだ。
「なんです? あまり時間もありません」
もう一度、画面を確認。下半分はフラニーに増設されている無人戦闘機の係留装置だ。
悪くない進入角度。ペダルをかすかに踏んで微調整。
「以前に話した通り、チャンドラセカルの無人戦闘機は人工知能に操縦させる計画があるんだが、覚えているね」
そんな重大事を忘れていたら、そいつは脳に欠陥がある。
そうは思っても黙ったまま、「それで?」とあごをしゃくって先を促す。やや不遜かもしれないが、意図しているのでそう受け取られるのは好都合。片手でスティンクを動かし、また微調整。
技術中佐は平然としている。自信たっぷりじゃないか。
「イアン少佐の了承を得て、コウドウ准尉の提案が実際に行われる」
へぇ、と思いながらも、ユーリは無言で先を促し、繰り返し視線を画面に。
今、重要な局面だ。
「コウドウ准尉の提案の通り、人工知能とキックス軍曹、ウジャド軍曹の模擬戦闘を行う。実機を使ったテストだ。いいね?」
「もちろんです」
もう一度、モニターをチェック。もう大丈夫だ。ぐっとスティックを倒し、映像が停止、わずかな不規則の揺れもすぐに消える。モニターには「ドッキング完了」の文字が出る。
「人工知能の操縦か? 教育が不十分だぞ、軍曹。そんな乱暴な操縦をする人工知能だと、消去したほうがいい」
いきなりルータス・ハミルトン技術中佐がそんなことを言ったので、危うくユーリはシートから落ちそうになった。シートの背もたれを掴んで姿勢を取り戻し、「いつです?」と階級では一つや二つではなくはるかに上の相手に問いかける。
年齢でもユーリより一回り以上は上のはずのその男性士官は、傲然と頷いてみせた。実に似合っている仕草だ、とユーリは心の中で評価した。
「五日後だ。こちらが選抜した自律操縦管理官がやってくるのは四日後になる。彼女には長旅の後で不利かもしれんが、教導艦隊からの出向だ。管理艦隊の実力を見せてくれたまえ」
この技術中佐はどちらの味方なのやら。
了解しました、としか言わずに敬礼すると、先ほどのように鷹揚に頷いた男は部屋を出ていった。
さてさて、どうしたものかしらね。ユーリは強張っている首筋を揉みながら、考えた。
ルータス技術中佐は、彼女、と言ったから、女性なんだろう。まぁ、男だろうと女だろうと、やることは変わらない。
あらん限りの力で叩き潰す。それがユーリの行動方針の一つの柱だった。
その全力の拳で粉砕した相手は数知れない。ただ、潰せなかった相手もいる。
「へい、ユーリ」
まさにその潰せなかった一人が、ゼリー飲料のボトルを手に部屋にやってくる。
アンナ・ウジャド軍曹。ユーリと同じチャンドラセカルの遠隔操縦士だ。ポンとボトルが投げられ、人工重力の中を落ちてくるのを受け取る。
「あの不愉快な中佐とすれ違ったわよね? 話は聞いている?」
問いかけられたアンナ軍曹が肩をすくめる。
「もちろん。どこかのお嬢ちゃんがやってくるらしいわね。教導艦隊の箱入り娘が」
「まだお嬢ちゃんかどうかはわからないわよ。娘ではないかもしれない。年上かも」
「私たちより階級が上で教導艦隊に飼われているおばさんが相手とは、それはそれで不愉快だし、よりコテンパンにして粉砕してやらなくちゃいけなくなる」
こういうやりとりをすると、ユーリにはアンナ軍曹がだいぶ自分に近しい存在だとわかる。
徹底的に戦い、そして勝ち残ってきた。
「そういう発言をオーハイネ曹長が聞いたら、どう思うかしらね」
「あら、ユーリ・キックスともあろう女が、私の心配をするわけ?」
「長い付き合いだしね。それこそ、オーハイネ曹長よりも」
もう一度、肩をすくめるアンナ軍曹だが、ゼリー飲料を吸うことで返答を回避したようだった。
「とにかく、これで少し先に楽しみができたわね。お互い、人工知能ごときに落とされないように、努力しましょうか」
賛成ね、とアンナ軍曹が頷く。
「ああ、それとね」
ふと思い立って、ユーリは話をすることにした。
「さっきルータス技術中佐が部屋に来た時、無人戦闘機を係留装置にドッキングさせるところだったのよ」
「それが? もしかして失敗したの?」
まさか、と失笑するしかないユーリである。
「私は端末から半分振り返ってね、片足と片腕で操縦して、係留装置にドッキングさせた。手動でね。で、少し画面が揺れたわけ。それを見て、あのおっさん、なんて言ったと思う?」
「あなたの操縦を下手だって言ったわけ?」
「違うわよ。下手くそな人工知能だ、って評価したの。私の操縦とは思わなかったのね。失礼な物言いだわ、まったく」
それはまた、とアンナ軍曹が笑い始める。
「あの技術中佐はある種の天才なんでしょうけど、専門は何なのかしら」
率直な疑問を口にするユーリに、アンナは「本人に聞きなさいよ」とまだ笑みを浮かべている。
ユーリもそれほど気になるわけではないし、むしろ興味など全くないのだが、あの技術中佐がいなければ起きなかった混乱も多い。イアン少佐の留守を預かったコウドウ准尉もだいぶ楽をできただろう。
「それじゃ、まぁ、模擬戦でもしましょうか」
促されて、ユーリは端末に戻り、すぐ横の席にアンナ軍曹が滑り込む。
「対戦? それともミッション?」
十年は昔のゲームセンターや、オンラインゲームの通信上でやり取りされる会話は、ユーリとアンナ軍曹の間では全く死語ではないのが、ユーリには不思議だ。
どこかゲームの延長線上に、遠隔操縦士の仕事があるからかもしれない。
アンナ軍曹の問いかけに少し考え、答える。
「対戦ね。人工知能よりはアンナ、あなたの方が強いでしょうから」
望むところよ、というアンナ軍曹がヘッドマウントディスプレイを被る。
ユーリも同じもので目元を覆い、シートで姿勢を作り、仮想の宇宙空間に集中した。
人工知能に、負けてたまるか。
技量で、飯を食ってるんだから。
(続く)
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