2-5 準備は順調に進行中

     ◆


 ホールデン級宇宙基地カルタゴに高速船は寄港し、そこでイアンは第八分艦隊に所属する高速連絡船に乗り換えた。そこから宇宙ドッグフラニーに戻ったのだが、連絡船からパイプで乗り移った彼を出迎えたのは、コウドウ准尉と彼の部下の軍曹二人だけだった。

「船はどうなっている?」

 挨拶も敬礼も省略して歩み寄るイアンに、コウドウ准尉が肩をすくめる。

「何もかもが万全だよ。早く外へ出たくて、みんながウズウズしている」

「よし。明日には管理官を集めるとしよう」

 無重力空間から人工重力のある通路に降り、歩きながらコウドウ准尉の報告を聞いた。

「例の対決はどうなった?」

「ああ、無人戦闘機の件か。あれは嫌な予感が現実になった」

「嫌な予感? ペイント弾でやったんだろう?」

「無人戦闘機が二機、無駄になった。片方は全損だ。いくらかかると思う?」

 何があったか想像できないまま、視線で答えを促すイアンに、決して安くない金額がコウドウ准尉の口から出て、危うくイアンは足を止めそうだった。

 そんな彼に、機関管理官が不敵な笑みを見せる。

「チャンドラセカルの予算が逼迫しているのはわかるよな、少佐。その上に負担が増すところだったが、ちょっとした取り決めがあって、全額、ルータス技術中佐が払ってくれたよ。ポケットマネーでね。二人の操縦士に感謝しておけ」

 あの女性操縦士の二人組は、いったい、どういう手品を使ったのか。

 金を払わせたこともだが、模擬戦で機体を壊すなど、素人じゃないんだぞ。

 通路からドッグに入ると、目の前にチャンドラセカルの巨体があった。巨体といっても、細身で、一般的に小型な軍艦である駆逐艦などよりもふたまわりは小さい。

 今は機械の腕は動きを止め、壁際に折り畳まれている。数人の作業員が艦に取り付き、何かを確認している。

「イアン少佐!」

 いきなり声が聞こえ、そちらを見ると若すぎる少尉がこちらへ空中を横切ってくる。その青年は着地と同時に姿勢をとり、敬礼する。知らない顔だな、とイアンは思いながら、頷いてみせた。

「司令部参謀からの通信が入っています。通信室へ」

 参謀と聞いて、イアンは反射的にコウドウ准尉の顔を見そうになった。例の情報部員のことを思い出したからだ。

 視線の移動を思いとどまったのは、下手に自分が何かを知っているそぶりは見せないほうが良いはずだ、という機転だった。

 報告書を部屋にまとめてくれ、とコウドウ准尉に指示して、イアンは少尉について通信室へ行った。

 少尉を部屋の外に残し、中に入ると、すぐに薄暗くなった室内に立体映像が浮かび上がった。

 顔がほっそりとしている初老の男性、きっちりと制服を身につけた小柄な姿。

 ポートマン准将だ。

「無事に戻ったか、イアン少佐」

「はい。ヨシノ大佐については、どのようになっていますか?」

 地球で別れてからすでに三ヶ月近くが過ぎようとしている。ポートマン准将が重々しく頷く。

「ヨシノ・カミハラは我々が把握する範囲で、すでに民間の旅客船でこちらに向かっている。そろそろ火星を通過するだろう」

「このまま軍に戻れるのですね」

「そうだよ、少佐。彼をチャンドラセカルの艦長にするのには、誰も異論を挟まなかった」

 一安心して、イアンは一度、俯いた。

 またあの人の元で戦えると思うと、安心できる。

 そこへポートマン准将がわずかに声をひそめる。

「我々の間でも人員の整理があったが、チャンドラセカルの乗組員のことは聞いているか?」

「いえ、まだ報告を受けていません」

「機関部員の二等兵を二人、下ろすことになった。敵に内通している疑いがある」

「敵? それは、独立派勢力のことですか?」

 ああ、とポートマン准将が頷く。

「どうやら敵は我々の想定していた以上の技術力を持っているようだ。彼らが開発したものもあるが、我々から掠め取られているのだ」

「同等の能力、というわけですか」

「かもしれない。非支配宙域と呼ばれる領域との境界は不安定だが、チャンドラセカルの試験航行は安全圏で行う。艦長も不在だしな。きみが指揮したまえ。チャンドラセカルは、オスロで艦長を迎える予定だ。スケジュールは明日にでも通達する。各管理官はすでにフラニーに集結しているはずだが、乗組員は第二次待機だから、集合まで時間が必要だろう」

 何もかもが唐突じゃないか、とイアンは思ったが、もちろん、反論しない。

 例の情報部の青年、ポール少尉の言葉がもう一度、蘇る。

 情報管理、機密保持のために、管理艦隊も事前にスケジュールを設定して公表するような余地はないということか。

 敵の不意を打つために、まず味方の不意を打つ、そんな形かもしれなかった。

 ポートマン准将は無駄話をせず、話を打ち切った。通信室から出て、待ち構えていた少尉に礼を言ってイアンは自分のための執務室に入る。

 地球へ行っている間の半年での決済は、コウドウ准尉がおおよそをこなしてくれたようだが、まだ書類の束がいくつかデスクの上に置かれている。

 時計を見てから、彼はそれを片付けにかかった。

 夕食どきにコウドウ准尉がやってきて、二人で士官用の食堂で食事をして、すぐに別れ、それぞれの仕事を始めた。イアンもコウドウ准尉も、その管轄でまだ事務手続きは山のように必要だ。

 結局、イアンが眠ったのは艦内時間で深夜になろうという頃で、眠ったと思った次にはアラームに叩き起こされた。年をとったせいか、早起きもそれほど苦にならない。アラームは念のために使うだけで、早朝とは行かずとも早めに自然と目が覚めてしまう。

 身支度を整え、イアンは軽い食事の後、会議室へ向かった。

 ドアを開けて中に入ると、その場にいる全員が彼を見る。

 チャンドラセカルの、管理官たちだ。

「諸君、再び、任務が与えられる」

 全員の前に立って、イアンはそう口にして、思わず笑みを浮かべていた。

「我らが艦長が、戻ってくるぞ」

 室内の空気に、見えない歓喜が満ちた気がした。



(第二話 了)

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