2-4 接触
◆
連れて行かれた先は、通路の奥にあった備品倉庫だった。手狭で、見通しは悪い。しかし人の気配はない。
「チャールズ・イアン少佐、私は統合本部のものです」
いきなりそう切り出されて、イアンが考えたことは、統合本部の人間がこんなところで何をしているのか、という素朴と言ってもいい疑問だった。
しかし少し時間があれば、答えはおおよそわかる。
統合本部は管理艦隊に影響力を持ちたいと思っている、という想像は管理艦隊の人間は誰もが感じる事実だ。
「私のような少佐を抱き込んでも、意味はないと思うが」
「あなたを抱き込むつもりではありませんよ。安心してください」
安心、という言葉を意識して、少尉の腰を見るとそこには無反動拳銃がある。
「何が目的だ? 少尉」
「統合本部の調査で分かったことですが、管理艦隊に敵へ情報を流しているものがいます」
「スパイか。そんなものは大勢いるだろう。連邦宇宙軍を見回せばね」
「管理艦隊のスパイは、将官です」
さすがのイアンもこれには動揺した。
将官といえば、司令官のエイプリル中将と、その参謀の少将二人、准将二人くらいのものだ。そんな高級軍人が敵に内通している?
困惑を隠せないイアンの前で、少尉がにこやかな顔で続ける。
「我々の一員が管理艦隊において活動し、内通者をあぶり出している中で分かってきたことです。末端のものをとりあえずは、ほどほどにさりげなく掃除しましたが、本命はまだ泳がせているところです」
「待て、少尉、君は情報部の人間か?」
「情報部とひとくくりで言えば、まあ、そうですね」
もう一回、まじまじと摑みどころのない少尉を見た。
年齢は二十代だろうか。短く刈り込んだ髪の毛、髭は綺麗に剃られ、痩せても太ってもいない。軍服を着ているから軍人だと思えるが、白衣を着ていれば若手の研究者、背広を着ていれば会社員にも見えるだろう。
「私にも内通の嫌疑があると?」
まさか、と中尉は身振りを交えて応じた。
「ただ、あなたがヨシノ・カミハラさんと接触する動きで、敵が動く可能性がありました。なのでここまであなたの様子を見る必要があったのです」
イアンは思わず唸りそうになった。
イアンはその立場から、ヨシノが軍を抜けた後の足取りを調べることができたが、ヨシノという青年は簡単に野に下れる立場ではない。
きっと連邦軍は彼を今までひっそりと監視し、同時に今も護衛してもいるのだろう。
その警戒網をすり抜けるために、敵がイアンを利用することが可能なら、あるいはこの機にヨシノに対して何かしらのアクションを起こす可能性は、確かにありそうなものだ。
「敵は動いたか?」
「妙な動きはあります」
「どこだ?」
「シンガポールの工作員が二名、あなたがたを監視していたのを、こちらは把握しています。追跡の結果は二ヶ月後には出るでしょう。しかし、部分的とはいえ国家的な動きとも取れます」
シンガポールといえば、東南アジア連合の盟主とされている。
東南アジア連合が、地球連邦に反旗を翻すなど、あることだろうか。
「とにかく今は安全ですので、安心して管理艦隊へお戻りください」
「君の名前を教えてもらおうか、少尉。それでより安心できる」
名前ですか、と少し考えてから、少尉が微笑みながら言った。
「ポールです」
「姓は?」
「それは秘密です。連絡先も教えておきます」
ポケットから昔ながらの紙のメモを取り出し、サラサラと短い鉛筆がその上を走る。
破られた紙を一瞥すると、地球連邦軍の隊員に割り当てられるアドレスのようだ。
「そこは全くの安全な連絡先です。何かあれば、連絡してください」
「情報部の手先になる気はないが、もしもの時は連絡させてもらおう」
「よろしくお願いします」
部屋を出て行こうとしたポール少尉が急に振り返り、イアンをまっすぐに見た。
「あるいは、管理艦隊が一番、安全かもしれないですよ、少佐」
「それは、面白いジョークだな」
「失礼、どこもかしこも、危険ですね」
今度こそ少尉が出て行き、イアンは倉庫の壁に寄りかかり、ため息を吐いた。
どこもかしこも危険か。
地球連邦の成立で、平和がやってきたはずだった。
平和とは、破られる宿命にあるのだろうか。
いつまでも平穏な生活が続かないとして、それで過去に流された血の全てが無駄になってしまっては、まさしく無駄死にだ。
何かを、残さなくては。
イアン自身も。
通路に出て、自分の席に座る。柔らかく包み込むようなデザインのシートに沈み、手元のリモコンでマッサージ機能を起動した。これだけは何年経っても変わらない物理的な仕組みで、首筋から背中へとローラーが揉みほぐしていく。
まるで和んでいるように声を漏らしつつ、イアンは少尉の言葉を思い返した。
管理艦隊の将官で裏切り者がいる。
これからしばらくは、口にする言葉には注意したほうがいいだろう。その誰かしらに賛同する軍人が相当な数、紛れ込んでいることもあり得る。
ややこしいことだ、と思いながら、イアンは目を閉じて背中を行ったり来たりする柔らかい感触に意識を集中した。
今くらいは少し、休んでもいいだろう。
いつの間にか眠りがやってきて、夢の中では宇宙に無数の花が咲いていた。
光の花だ。
花ではない。爆発する光。何が爆発している?
あれは艦船か。
光は命の数か。
ハッとして眼が覚めると、そこは薄暗くなった高速船の客室で、すでにシートのマッサージ機能は停止している。
時計を見ると、船内時間で二十一時を過ぎている。
空腹を感じながら、イアンは椅子の中からゆっくりと体を引っ張り出した。
(続く)
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