2-3 愚痴
◆
イアンは民間の旅客線の船で民間の宇宙空港に上がり、そこで軍用の桟橋から最新の超高速船に乗り換えた。乗客はただの十人しか乗れない、小さな船だ。おそらく同数の乗組員が運用しているだろう。
自分の席に着くと間もなく、乗組員の軍曹がやってきて「チャールズ・イアン少佐殿に通信が入っています」というではないか。
「準光速航行に対応していただろうか」
「音声だけなら問題ありません」
案内してくれと席を立つと、そこだけは完璧に機密が確保された通信室に連れて行かれた。
すでに高速船は準光速航行を始めている。
軍曹が出て行って、イアンは念のために盗聴の有無をざっと確認した。大丈夫だろう。
端末を操作すると、雑音の後、コウドウ准尉の声が流れ始めた。
「聞こえているか、イアン少佐。コウドウだが。もしもし」
「ああ、聞こえているよ。何かあったか?」
「感度が悪くてかなわんな」
ぶつぶつと文句を言っている声の後、強い口調が流れてくる。口調の強さでノイズを蹴散らせるとでも思っているような調子だ。
「本題に入るが、まず第一点は、ルータス技術中佐が、うちの二人の操縦士を下ろして、代わりに自律操縦管理官を一人、乗せるように言ってきている」
自律操縦管理官という役職は新設されたばかりで、担当できるものの数は少ないと、イアンでも知っている。
その役職につくには、人工知能の開発と教育のプロフェッショナルでありながら、強化外骨格を使った船外活動や、無人戦闘機の操縦技能などが高い水準で求められる。
今、何人が存在するかな、とイアンが記憶を探れば、近衛艦隊にいる十人ほどのほかは教導艦隊に十人前後が控えているくらいで、つまりそれ以外は訓練の最中ということだ。
「どこから人員が回されると技術中佐殿は言っている?」
ノイズの向こうでコウドウ准尉が勢い込んだのが、イアンにはよくわかった。
「教導艦隊に知り合いがいると言っているよ。どれほどの実力かは知らん。しかしキックスとウジャドに勝るパイロットなどいるわけがない」
それには賛成だよ、とイアンは冷静に答えた。
ユーリ・キックス軍曹とアンナ・ウジャド軍曹は、軍学校出身の女性の無人戦闘機操縦士として、抜群の腕を持つのを、イアンはよく知っている。
軍学校出身という経歴の操縦士は大勢、連邦宇宙軍にはいるのだが、この二人はそれぞれに配属された艦隊で海賊などを相手に戦果をあげている、実戦経験が豊富な珍しいパイロットだ。
また強化外骨格の操縦も繊細にこなせる技能を持ち、これは貴重だった。
「二人を下させるわけにはいかないが、准尉の腹案は?」
そうイアンの方から促すと、まあな、とコウドウ准尉が唸るように言う。
「あの二人とその自律操縦管理官を模擬戦で当ててみてはどうかと思うが、どうだろう」
「そうか……、いや、それしかないかもしれん。仮想空間なんてケチくさい事は言わず、実際の機体でやってもらえ」
ピタリとコウドウ准尉が口を閉じたようで、ノイズだけが聞こえる。
「どうした? 准尉。もしもし?」
「ああ、いや」
やや呆れている声が戻ってきた。
「機体が壊れると無駄になるから、オススメできないな、と思った」
「実弾を使わなければいいだろう。何を言っているんだ? 昔ながらのペイント弾だ」
「いや、その、ペイント弾でも嫌な予感がするよ」
予感などという荒唐無稽なことを言う技術者は珍しいが、そう言われると、確かにイアンとしても不安な気持ちになってくる。こういう伝染病は都市伝説ではなく、実際に存在する。
「もう一つの懸案は?」
不吉な予感を切り離すように、話を先へ進めると、コウドウ准尉も気を取り直したようだった。
「ギルバート博士が、トライセイルの試作機を寄越したよ。今、俺の部下が微調整をしている」
「ほう、もう出来たのか、早いな」
思わず頬を撫でながら、イアンは素早く計算した。
トライセイルというのは、ミリオン級のための追加装備の一つで、推進装置のようなものだ。
試作品は何度か見たが、試験しているところにはイアンは出くわしていない。
画期的だが極端に安定性が低く、試験段階ですらないとその時は当のギルバート博士がイアンに教えてくれたことがある。あれからまだ半年も経っていない。
この通信の後にデータは送るが、と言うコウドウ准尉の声は、それほど嬉しそうでもない。
「チャンドラセカルに組み込む訳じゃなく、外付けだ。最終的には内蔵するらしいが、今は、簡単に切り離して取り外せる、ということにした。つまり、それが何を意味すか、わかるよな」
「動作不良か、誤作動、いや、暴走を想定しているんだな。切り離せば少しは安全になる。無難なところだ」
「爆弾を身につけて試験飛行とは、先が思いやられる」
コウドウ准尉がマイクを前にため息をついたのが、ノイズに混じって聞こえた。
その後は任せておいた仕事の進捗を確認したが、コウドウ准尉はやかましい技術中佐をやり過ごしつつ、予定通りにチャンドラセカルを万全の状態にしているようだった。
ミューターは改良が続けられ、ヘンリエッタ軍曹はみっちりと過密スケジュールで、千里眼システムに習熟しようとしている。
チャンドラセカルそのものでは、フレームの交換も終わり、血管の再配置も順調。
「ヨシノはどうだった? イアン」
話を終わりにしようとした時、素早くコウドウ准尉が確認してくる。それが一番、聞きたかったことかもしれない。
「安心していい。あの方は帰ってくる」
「あの坊やがいないと、どうも、落ち着かないよ。あんたがいないのも落ち着かないがね」
「坊やなどと言うものではない」
以後、気をつけます、などとしゃちほこばったように言って、別れの挨拶の後に通信が切れた。
イアンが部屋を出ると、目の前に通路に若い男が立っている。着ているのは連邦宇宙軍の制服で、階級章は少尉。
「待たせてすまない、少尉」
さりげなく謝罪すると、その少尉が相好を崩す。
「確かに待ちましたね、あなたを」
「私を?」
話をしましょう、と見知らぬ少尉は、イアンに身振りで通路の先、何があるか分からない方向を示した。
(続く)
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