2-2 意見交換

     ◆


 地球に降りてまずやったことといえば、ロシア共和連邦の一角の田舎町を訪ねることで、そこにはイアンの両親が眠っている。

 父親は地球連邦の成立に必要不可欠な世界大戦で戦死したが、戦死というのは、イアンや母からすれば、父の死に何かしらの価値を見出せる要素ではなかった。

 母が死んだのは病気によるもので、それでも八十まで生きた。そこで病死という形で、人生を終えた。

 現代の医療技術を使えば、あと十年は延命が可能だったが、母はそれを断った。自然に死にたい、というのだ。

 そのことをイアンは極指向性通信で聞いたが、軍用の回線ではないので途切れ途切れで、飲み込むのに努力が必要だった。病床の母が画面越しでも悲しそうでも寂しそうでもないのだけは見て取れて、この人は満足しているのだな、と感じた。

 こうしてイアンはおおよそ一人きりになった。

 あの時から、いや、あの時以前から、イアンにとっては船が家であり、乗組員が家族だった。

 日本皇国へ向かい、連邦宇宙軍の身分証で空港のゲートを抜け、あとはバスに揺られて夜を明かせば、そこにはヨシノ・カミハラの故郷があった。

 のどかな田舎町で、しかしシャッターを閉めている古びた造りの商店が多い。旅館ですら廃墟になっているものもある。

 まさかヨシノの祖父母が経営している旅館へ押しかけるわけにもいかないと善意が働き、とりあえずは一泊だけ、近代的なビジネスホテルに部屋を取った。ビジネスホテルだけは、ピカピカと輝いて見えた。色合いのせいだろうか。

 荷物を置いて、湖を見に行った。

 美しい景色だ。青い湖面と、青い空に白い雲、周囲を緑の山々が囲み、名も知らぬ鳥が飛び、鳴き交わしている。

 湖の真ん中あたりに、パラソルを広げたボートが浮かんでいた。じっと目をこらすが、誰がいるかはわからない。

 しかし何か、予感のようなものがあった。

 イアンは自分でもボートを借りて、湖に漕ぎ出した。

 案の定、そのパラソルの下にはヨシノ・カミハラが横になっていた。

 会話するよりないのは、イアンには最初から分かっていた。まさか、子供を引きずるようにチャンドラセカルへ連れ帰るわけにはいかない。

 卑怯なことは承知だったが、ヨシノのプライド、自尊心を刺激するよりなかった。

 ただ、想像よりも軽い言葉だけで、ヨシノの心は動いたようだった。

 それは彼が打たれ弱いのではなく、事前に十分に考えていたか、そうでなければ、大きすぎる責任感をこうして軍を離れても、完全には放り出してはいなかったか、だ。

 それからヨシノの祖父母が経営する旅館でお茶を飲み、食事をした。和食とはこういうものか、と密かに驚いたが、しかし二人には料理についての感想を口にする機会はほとんどなかった。

 イアンとヨシノは最近の連邦宇宙軍に関する事情を確認し、話題はチャンドラセカルへ変わった。

 性能変化装甲からの発展系というべきか、それとも亜種というべきかはわからないが、性能特化装甲が現実になった、とイアンが話すと、ヨシノは嬉しそうに笑っていた。

「あの技術は、可能性の宝庫ですからね。どの艦が搭載したかも、わかりそうなものです。ノイマンでしょう?」

「あなたにはかないませんな」

「ノイマンの任務はミリオン級にとっては、最大限の試練になるのでしょうね。管理艦隊はそれを想定して、ノイマンに搭載したんでしょうから」

 あっさりとそんなことを言って汁物をすするヨシノを、ただ見るしかできないイアンである。

 伝え聞いた話、として、ノイマンが全く外部に情報を漏らさない形で、秘密任務についていることは、イアンも知っている。

 それが、最大限の試練、とはなんだろうか。

 イアンの視線に気づいたのか、ヨシノが顔を上げ、

「味噌汁、美味しいですよ」

 などといってくる。箸で茶色い液体をかき混ぜつつ、イアンは上目遣いにヨシノを見た。

「ノイマンの任務は不明ですが、何をしていると思いますか?」

「チューリングにミューターが搭載されていないと、イアンさんは言いましたね?」

「それはミューターがまだ試作機だからではないかと思います」

「安全面、性能面で不安がある、というのは技術者がよく口にする決まり文句ですが、おそらくミューターに関しては問題はないのでしょう。僕がもしミリオン級を運用するなら、チューリングに索敵任務を与え、同時に敵をおびき出します」

 ちょっと待ってください、とイアンは膳の上に器を戻した。

「おびき出すというのは、もしかしたら敵にミリオン級がわたる、奪取される危険があるのではないですか」

「だから、ノイマンにそれを護衛させる」

「ありえない……」

 平然と、でもコンセプトの通りでしょう? とヨシノは笑っている。

「ミリオン級は本来、そうやって誰にも知られず、ひっそりと接近し、観察し、戻ってくる。そういう性質の船です。そうでしょ? 少佐」

 その通りですが、と呻くように言ってから、イアンはもうそれ以上の言葉を発する余裕がなかった。

 少しの動揺もなく、ヨシノが続けて喋る。

「ミューターもまた、ミリオン級を強化する装備ですが、不安もあります。姿を消している相手を暴く、その暴き合いが起こることです。もし隠蔽より索敵の方が優れているとなれば、ミリオン級は用済みですから」

「ミリオン級は、何者にも見つかりません」

 自分を励ますような言葉だな、と自分で口にしておいてイアンは思った。ヨシノは無言で一度だけ頷き、食事をしている。

 その後はルータス・ハミルトン技術中佐に関する愚痴ばかり話してしまい、帰り際にはイアンはだいぶ恥ずかしい思いをすることになった。

 旅館を出て、夜の寂れた田舎町を進む。

 とりあえず、ヨシノをチャンドラセカルに取り戻すことはできそうだ。

 夜空を見ると、星が美しい。

 宇宙にいれば星など嫌というほどに見るはずなのに、こうして地球へ降りると、夜空を見上げてしまう。

 人間の本能だろうか。

 夜空の向こうへ行こうとする、本能。

 イアンは視線を前に戻し、これからの計画について考え始めた。



(続く)

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