1-4 決意

     ◆


 イアン少佐と旅館の一室で料理を囲み、色々な話をした。

 主にはチャンドラセカルの改修についてで、階級の問題があるものの、形の上ではイアン少佐が総責任者らしいが、今はこうして地球にいる。宇宙ドッグフラニーの技術者たちが少佐が地球にいる間も作業を続けているということだった。

 ヨシノは初めて聞いたが、ミューターという最新の装備が開発されたという。

 もっとも、この時に初めて聞いたのはミューターという名称と、それが試験的にとはいえ実装されていることで、そのコンセプト、発想はヨシノの中には理屈として以前から存在した。

 ただし実験機の設計図を見ただけで、宇宙船に搭載するにはあと十年は必要だと思ったのだ。

 あまりに巨大だったし、精度もそれほど良くはない。

 ミューターの発想は、空間ソナーが出来上がった時から、世界のそこここで発想はされただろうと、ヨシノは見ている。それはつまり、小型化と精度の向上が日進月歩で進み、何かの折に大きな飛躍を見せる可能性を秘めている、ということでもある。

 それでも十年だと思ったのだ。

「どなたがデザインしたのですか?」

「最高機密ですよ。私も知りません」

 箸を器用に使いながら食事を進める動きを止めずに、自然とイアン少佐が答えるが、それを言ったらミューターの存在も一般人に戻ったヨシノに告げてはいけないはずだ。

 どうやらイアン少佐の中では結論が出ているようだ、と思うと、ヨシノは少し照れくさかった。まるで僕が迎えに来るのを待っていたみたいじゃないか。

 その後にイアン少佐は、ノイマンに施された改修について説明し、それはギルバート博士とチェン・ファン技術大佐が中心になって計画を立てているという。どちらもヨシノは知っている人物で、際立って有能だ。

 他に目新しい話といえば、千里眼システムを完璧に使いこなす索敵管理官がチューリングに搭乗している、という話だった。

「軍人の方ですか?」

「いえ、ヨシノ艦長と同じ民間人です。チューリングの艦長は、私の古い友人で、ハンター・ウィッソンという機関管理官上がりの士官です。あの男は積極的に民間から管理官を登用したようです」

「例えば?」

「宇宙海賊の一員で、火星で強制労働させられていたものが二人いますね。操舵管理官と火器管制管理官です。先ほどの話の索敵管理官は障害者です」

 思わずヨシノは手を止めていた。

「普通の障害者じゃありませんよね。知覚に障害のある方ですか?」

「鋭いですね、艦長。しかし、その索敵管理官は、体の自由もありません」

 それからのイアン少佐の説明に、ヨシノは聞き入るしかなかった。

 まさか体の自由がない難病の障害者が、頭にナノマシンを埋め込み、それで人間離れした知覚を持っているとは、にわかには信じがたい。

 しかしまさか、そのハンター・ウィッソンという老軍人が、無能な人間を選ぶわけがない。そもそも有能か無能かを論じ始めれば、その索敵管理官も民間人なのだから、軍艦に乗り込んでの実際的な現場は知らなかっただろう。

 それが結果を出していること、トラブルもないらしいとなると、それらを総合的に考えれば、抜群の技能者という評価が正当なはずだ。

 それからの話はチャンドラセカルの乗組員の話題になり、ほぼ全員の昇進が内定しており、チャンドラセカルは下士官がだいぶ増えることになるという。

 こうなってみると、自分がそれ相応の結果を出したのだ、と思うよりない。

「私はすぐに管理艦隊へ戻りますが、艦長はどうしますか?」

 少し迷ったがヨシノは正直に話すことにした。

「実は、昔の友人の中の数人が、最新の推進装置の試験機を作っていると教えてくれています。それを近いうちに見に行こう、と密かに考えていました」

「やる気はあったわけですね、艦長にも」

「趣味の一環で、という範囲のつもりでしたけどね」

 最後には自然な流れで管理艦隊での再会を誓って、二人でグラスを触れ合わせた。

 翌日にはイアン少佐はあっさりと去っていき、ヨシノも祖父母に別れを告げた。祖父母はいきなりの話に引きとめようとしたが、「あまり暇もなくて」などとヨシノが言い淀むと、祖父母は少し俯いてから、笑顔を見せた。

「また顔を見せておくれね、いいね」

 祖母がそういうのに、ヨシノは強く頷いた。祖父は何も言わず、強い力でヨシノの肩を叩いただけだった。

 ヨシノはそれから東京に戻り、両親にもう一度、連邦宇宙軍に参加するつもりだと、はっきり告げた。両親は困惑したようだが、さすがに両親には暇がないなどとは言えない。

「僕にしかできない仕事があるようなんです。それに、大勢の仲間が今も、戦っています」

「あなたが行かないといけないの? ヨシノ」

 母からの批難する視線にも、ヨシノは目をそらさなかった。

「行かないといけないのかという疑問は、ありえないんです。僕は、行かないといけないんです」

 黙った母の肩を父が抱き、ヨシノは自分が両親を傷つけ、不安にしていることをはっきりと理解した。理解しても、それで自分の決意を変える気はなかった。

 両親を悲しませたくはないし、傷つけたくもない。穏やかな気持ちでいて欲しいとも思う。

 しかしヨシノには、選択肢がない。

 戻りたくても戻れない道がある。

 その道に入ってしまえば、あとは前に進むだけなのだ。

 蹴つまずいて、転んでも、また起き上がって先へ進むよりない。

「気をつけて行ってきなさい」

 いつもよりこわばっている父の言葉に、ヨシノは無言で頷いた。

 その三日後には、彼は東京を離れていた。

 ドイツにある国際企業の研究施設を訪ねることから始めることになる。

 その間にも、イアン少佐を介して管理艦隊に復帰する手続きが取られ、決定すれば管理艦隊から使者が来る手筈になっている。

 時間を無駄にする余地はない。



(続く)

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