1-5 宇宙へ戻る

     ◆


 ドイツ、スペイン、イタリア、エジプト、インドと巡ったところで、インド宇宙軍の制服を着た士官二人がやってきた。

 マハト少佐、トルシム少尉の二人の男性だ。

 その二人はインドの山岳地帯にある研究所でヨシノに追いつくと、研究所の応接室をいきなり占領し、ヨシノと三人だけになった。

「そんな無理をしないでも、どこでも話はできますよ」

 そういうヨシノに、マハト少佐が微笑む。

「ヨシノさんが監視され、盗聴されているのは、ありそうなことです」

「かもしれないとは思いますが、この部屋は大丈夫なのですか?」

「インド宇宙軍が公認している、安全な会談場所がここです」

 なるほど、とヨシノは頷くしかない。研究所でもここでなら外部の人間と、技術の漏洩を気にせずに話せる、という形なのだろう。そういう場所は、研究所には必要だし、軍としても有意義だ。

「それでインド宇宙軍が僕にどういう用事があるのですか?」

「制服はインド宇宙軍ですが、管理艦隊から参りました」

「え? 他組織の制服を着るのは、連邦宇宙軍では禁止のはずです」

「ヨシノさんにはそれだけ、内密の話があるのです」

 それだったらイアン少佐のようにプライベートのふりをして訪ねればいいものを、とも思うが、それはそれで問題があるのかもしれない。

 結局、ヨシノはこの重大な規則違反は無視することにして、二人から今後のスケジュールを聞いた。

 一ヶ月後、ロシア共和連邦の一角にある昔からのロケット発射基地のバイコヌールから宇宙へ上がれという。

 技術革新が進んだため、世界各地に宇宙船の発射基地はある。インドにもだ。

 どうやらヨシノは非公式に宇宙に上がる必要があるのだと、やっと理解した。

「僕の命が狙われているのですか?」

「興味を示しているものが大勢います」

「殺すつもりではない、と受け取ってよろしいですか?」

「場合によってはお命も危ないかと」

 それはまた、ぞっとしないな。ヨシノは背筋が冷えるが、こればっかりはどうしようもない。

 地球を脱出したら、木を隠すなら森の発想で、民間の旅客船で火星を経由して木星へ行き、そこからは管理艦隊のシャトルで宇宙基地カイロへ行けと話は続いた。

「民間の旅客機が撃墜される可能性は?」

「それは国際問題になります」

 おかしなマハト少佐の言葉に、思わずヨシノは笑みを見せた。

「すでに非支配宙域の問題は国際問題のはずです」

「あまりにも遠すぎますし、誰も実感を持てないのでしょう」

 そう応じたのはトルシム少尉だった。露骨だが現場を知っている人間に特有の、切実な響きがあった。確かに管理艦隊は戦っているし、それで死ぬものもいるのだと、ヨシノは表情を引き締めた。

「チャンドラセカルにまた乗れるのですね?」

 確認してみると、その手はずです、とマハト少佐が控えめな、肯定とも否定とも取れる響きの返事をした。ヨシノを呼び寄せるのだから、チャンドラセカルに戻すのが妥当だが、全く別種の艦船を指揮させる場合もあるのだろうか。

 いつの間にか、かつての乗組員の元に戻りたいと思っている自分に気づき、ヨシノは何度か一人で頷き、自分を納得させた。

 もし無理でも、我慢しよう。それは自分が一度、手放したがために起こったことなんだから責任は誰でもない、自分自身にあるのだ。

 二人の士官は細々とした説明をして、最後に電子書類に署名を求め、ヨシノは快くサインをした。さらに掌紋と網膜をスキャンされた上、血液さえも一滴とはいえ採取された。

 彼らが去っていき、入れ違いに友人の三十代の技術者が部屋へやってきた。

「どういう用件だ? ヨシノ。きみはインド宇宙軍の技術部門にでも就職するのかい?」

「まだ不明だよ。何か、気になること、不安になることがあるのかな」

 きな臭い話さ、とその技術者がさっきまで二人の軍人が腰掛けていたソファに乱暴に腰を下ろした。

「どうもオーストラリアが怪しいらしい」

「怪しいとは?」

「何に使うかわからない部品を大量に発注してきたらしくてな。正確には、何に使うかはわかるんだが、量が普通じゃないという笑い話が聞こえてきた」

 詳しく聞きたいね、とヨシノが促すと、技術者は目をぐるっと回す。

「聞いたら驚くぞ。求められている部品というか製品は、最新型の家庭用電子レンジだ。それでもって、数は、二万個」

「二万個?」

「もちろん、うちだけでは用意できないからな、調べた結果の合算の数だ。全部で世界中の二十社くらいに分散されている。怪しいだろ?」

 怪しいことには怪しいが、まったくわからない。

 家庭用電子レンジが二万台あって、いったい何が出来上がるんだろうか。

「ま、こちらとしては儲かっているからいいがな。これって、軍に通報するべきかな」

「しても聞かないか、聞き流すと思うけどね」

 思わず口元を緩めるヨシノに、技術者も、だろうね、と頷いている。

「もしかしたらオーストラリアは恵まれない家庭に、最新型の家庭用電子レンジを無料配布するサプライズを企てているかもしれないしな。彼らの企画を潰すのも悪いから、黙っているとしよう」

 その後は専門的な、推進装置に関する議論になり、二人は場所を移し、日が暮れるまで話をした。そのまま食事にも行き、深夜に宿泊施設に用意してもらっている部屋に入り、ヨシノはやっと一息ついた。

 窓際に立って、カーテンを開き、窓も開けた。

 夜風が吹き込んでくる。熱をはらんでどこか乾燥した、日本とは違う空気だ。

 夜空に浮かぶ星を見て、また宇宙へ戻れる、と心の中で唱えてみた。

 また宇宙へ戻れるのだ。

 しばらくの間、ヨシノは夜空を見上げたままでいた。



(第一話 了)

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