ミリオン級潜航艦と宇宙を背景とするものたち

第四部プロローグ

レビュー レオ・カエサルの功績

     ◆


 宇宙戦記作家としてのレオ・カエサルを語る上で重要になるのが「チャンドラセカル」と名付けられた艦である。

 この艦はミリオン級と呼ばれる三隻だけの潜航艦のうちの一隻である。ミリオン級潜航艦は、後の世で「連邦分裂」と呼ばれる事態の最初の場面、まさしく第一幕に頻繁に現れることになる。

 レオ・カエサルはまさしくこの歴史的な事件、おそらく人類が存在する限りどういう形であれ、長い長い終わりない年表に銘記される事態に、当事者として関係したことは、特筆すべき点である。

 実際に彼はチャンドラセカルに従軍記者として乗り込み、様々な記録を残した。それは作家としての仕事ではなく、新聞記者としての仕事として、ジャーナリズムの世界においてある種の金字塔になるわけで、彼を稀有な存在と評価するものの論拠はそこに一端を持つ。

 作家としてのレオ・カエサルが世に上梓した作品は長編が四冊、短編集が四冊、そしてエッセイが五冊になる。この創作群の中で、長編としての第一作「人類未踏の宇宙において」は紛れもない名作であり、彼のキャリアは初めから注目の的だった。正確に記せば、最初に注目したのは子供たちではあったが。

 そしてこうして長編第五作にあたる「未踏の宇宙への挑戦者たち」が刊行され、ついにレオ・カエサルは一つの終着点を見せると言える。

 彼が実際に目にした宇宙、それも誰も支配していない当時で言うところの非支配宙域での戦いのハイライトが、これに当たる。

 私がこの長編小説を読んで、最も感心したのはリアリティと同時に、不思議なフィクションを随所に感じることだ。

 戦争は実際にあった。そこで死んだものも傷ついたものもいる。

 その悲劇に対して、レオ・カエサルという作家は、真摯に向き合い、そして何かに昇華させた。

 悲劇を押し付けることはせず、しかし悲劇を覆い隠すこともない。

 純粋な日常。

 平凡な人々。

 どこにでもある宇宙船の中。

 そんなものが、この小説には溢れている。

 物語において、チャンドラセカルの戦いは、非常にドラマチックだ。こんなことが現実にあったとすれば、レオ・カエサルの強運に私は嫉妬を覚える。そしてこの小説という形にまとめあげた彼の手腕、筆力にも、嫉妬してしまうのである。

 我々はすでに宇宙に飛び出し、自由にどこへでも行けることを知っている。食料、燃料、船、これさえあれば、まさしく自由だ。

 しかし最後には帰る場所があることを、この物語のラストは示してくれた。

 その故郷の存在が、大勢の人を慰め、また力づけ、さらなる一歩へエネルギーになると思う。



(著・レオ・カエサル「未踏の宇宙への挑戦者たち」に対する匿名によるレビューより抜粋)

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