6-5 処刑人

     ◆


 通路で立ちつくしたままで、ケーニッヒは考えた。

 自分が殺されるのには十分な理由がある。ではそれをクリスティナ大佐が行う意味とは、なんだろう。

 彼女もどこかからのお目付役だろうか。連邦宇宙軍、もしくは統合本部の内輪揉めか?

 やってられんな、とケーニッヒは開き直った。

 どう転ぶかは別にしても、現時点では背後の銃口を無視することはできない。

「理由を聞きたいですね」

 両手をゆっくりと持ち上げながら問いかけると、クリスティナ大佐が平静と変わらない声で言った。もちろん、顔は見えない。

「あなたにはクラウン少将を殺害した嫌疑があります」

「あれが俺の仕事だと? しかし、確かに俺はクラウン少将が内通者であることは知っていたがね」

「殺すのなら、正式に裁判の結果としての罰を受けるべきでは?」

 この大佐は温室育ちか、そうでなければ無菌室で育ったのか、そんなことをケーニッヒは思った。

「あなたが話題にしてるのは、立証不可能な罪という奴です。もう一回、教えてもらいたいですね、どういう理由で俺を殺す?」

「こちらの疑問が先よ。あなたが処刑人なの?」

「重ねて言いますけど、俺は処刑人ではありません。ドブネズミではあっても、殺しが生業ではない」

 都合がいい話ね、と銃口が一層強く、彼の背中を押す。

 組み伏せようとしても成功率は五分五分にもならない。それに賭けるべきだろうか。

 そんなことをしては、自分の罪を認めるようなもので、宇宙ドックからも管理艦隊からも追っ手がかかり、逃れるのは困難。統合本部も切って捨てる。

 そもそも、わざと背中を向けて、この状況を作り出したのだ。まさか、俺は誰かに罰して欲しいのか?

 罪の重さに耐えかねて?

 今更?

 何にせよ、また生きるか死ぬかの綱渡りだ。ケーニッヒは観念した。開き直るのは、得意だ。こんなことばかり、やっている。

 しかし、彼がほとんど諦めたにも関わらず、まさにそれと同時に、女神は銃口を引いたのだった。

 そう、背中から固い感触が離れる。

「少佐、あなたのことは嫌いだけれど、認めてはいるわ」

 振り向くと、クリスティナ大佐は手元で拳銃をくるくる回しながらしゃべっている。暴発が怖い。

「連邦のために働いているのは、私たちと同じですものね。それでも粛清など、許されることではありません」

「大佐は何か、勘違いしておられる。俺は粛清などしていないし、それ以前に、連邦のために尽くしている気もない」

 じゃあ何のために働いているの? という表情を見せるので、ケーニッヒは普段通りを意識して答えた。

「自分の正義を押し付けるために、働いています。他人の正義に潰されるのを覚悟で」

 呆れ返ったようにため息を吐き、大佐は腰に拳銃を戻した。

「正義なんて生ぬるい事を言っていないで、任務に集中するように。人間なんて正義を守っても死ぬ時は死にますから」

「俺を追い出さないんですか?」

 思わずといったようにケーニッヒが訊ねるのに、「そういうことです」とだけ言って、すぐそこだった自分の居室にクリスティナ大佐が入っていき、ケーニッヒはしばらく、その閉まったドアを眺めていた。

 てっきり艦から降ろされると思っていた。いや、その前に、本当に殺されるかと思った。引き金が引かれていても、少しも不自然ではない。

 あの大佐は何を考えているんだ?

 翌日にはノイマンに全乗組員が乗り込み、配置についた。任務が始まるのだ。司令部から正式な指令書が届き、クリスティナ大佐が開封し、全艦に宣言した。

「こちら、艦長のクリスティナ・ワイルズ大佐です。これよりノイマンは重要な任務を開始します。全員がもう一度、戻ってこられるように、各人の努力と粘り強い姿勢を求めます。以上です」

 通信機代わりの受話器を置く前に、手元の端末のパネルを操作して、クリスティナ艦長は機関管理官に指示を出す。

「機関出力を上げてちょうだい。巡航出力」

 メインスクリーンの中の表示で、循環器の出力は八〇で安定しようとしている。

「リコ軍曹、フラニーに固定器具を外すように要請して。トゥルー曹長、艦の状態に問題はありませんね?」

「はい、艦長、万全です」

「フラニー、固定器具による固定を解除しました」

 トゥルー曹長に続いて、リコ軍曹が応じるのに、クリスティナ大佐が頷く。

 これでまた俺も宇宙の旅人か。ケーニッヒはそんなことを思いながら、クリスティナが発進を指示するのを聞いた。

 宇宙ドックの今は折りたたまれている大小さまざまな工作機械が見え、そこかしこで作業員たちが手を振っている。こちらから手を振り返してもわかるわけもないので、ケーニッヒはただ彼らを見送った。

「準光速航行の準備をして、トゥルー曹長、エルザ曹長」

 ケーニッヒはメインスクリーンに映るどこまでも続く宇宙を見て、そこに潜んでいる小さすぎる存在を追いかけるという、途方もない任務の規格外さを改めて実感した。

 そんな任務に耐えられるのがノイマンの乗組員であり、どうやら自分もその頭数に入っているらしい。

 地球にいた頃が懐かしいな、とケーニッヒは胸の内で独白した。地球といっても、地上でのことだった。

 あの時は、緊張や不安、傲慢と虚勢、猜疑心、信頼感、そんな色々な感情や意志が、強い圧力をケーニッヒにかけていたはずだ。だが、宇宙船に乗ってみれば、全く別種の圧力がそこにはあり、結局は同じように心を強く持つことを求められている。

「準光速航行、いつでも行けます、艦長」

「座標まで十秒です」

 トゥルー曹長、エルザ曹長からのその報告を受けて、クリスティナ艦長は頷き、そして低い声で、

「エルザ曹長、座標で準光速航行を起動」

 と、指示した。

 復唱があり、ノイマンは準光速航行を起動することで宇宙の果てへ向かって飛び出していった。

 ケーニッヒにとっての二度目の本格的な航海は、やはり先が見えない任務ではあった。

 ただ、一度目の航海と違うのは、ケーニッヒはノイマンの乗組員のことを理解し、心から信用し、信頼していたことだった。

 楽観でも希望的観測でもなく、任務を達成できるだろう、そう思わせる何かがこの時のノイマンにはあり、ケーニッヒはそれを信じた。

 メインスクリーンには、準光速航行を予定座標で離脱するまでのカウントダウンが進んでいる。

 それがゼロになった時、彼らは戦場にいることになる。

 宇宙の名もない場所にある、誰も知らない戦場だ。

 また一つ、数字が減り、そしてまた一つ、数字が減った。



(第六話 了)

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