6-4 再会

     ◆


 ノイマンの試験航行が行われ、ケーニッヒの姿は発令所の艦長席の背後にあった。

 新たな任務を遂行する手筈に関しては艦長、副長、管理官で検討が続けられている。その場には管理艦隊の担当参謀も同席していた。

 管理艦隊は超大型戦艦を一隻、取り逃がしたことにより、やや立場が悪くなってはいた。しかしエイプリル中将は言葉を使い分けて、連邦宇宙軍の司令部からの指摘や責任追及を回避していたという噂だ。それは今のところ、うまくいっているらしい。

 成功している理由の一部に、統合本部からの横槍もある。

 ケーニッヒの存在とその仕事は統合本部と管理艦隊だけが知っていて、連邦宇宙軍司令部にはケーニッヒの活動や、さらにはノイマンの任務の計画、実際の推移などは、未だに伏せられていた。

 もっとも、ケーニッヒに関する問題は脇に置かれて、管理艦隊としては総力を挙げて、超大型戦艦を追跡し、その上で反乱分子、独立派勢力、造反勢力を摘発するよりない。

 ただ、すでに連邦から実際に離反した艦隊がある以上、それは「摘発」ではなく「討伐」と呼ぶべきかもしれない。

 その任務の最前線に、ノイマンは復帰することになる。まずはチューリングが追いかけているという超大型戦艦を可能な限り、追尾することだ。だいぶ距離が離されているが、今は追うよりない。

 全ての試験を終え、何の問題もないままフラニーに戻ると、ノイマンは長期間の任務に向けての補給を受けた。その間に乗組員は当分は遠ざかることになる、解放された空間を満喫することになる。

 ケーニッヒはリコ軍曹とエルザ曹長に誘われて食事に出たが、そこで思わぬ再会があった。

「また会えるとはね」

 先に食堂のテーブルにいたのは、ヤスユキ・オイゲン少佐だった。リコ軍曹とエルザ曹長が控えめな悲鳴をあげるのに苦笑いしながら、ケーニッヒも席に着く。

 話してみると、ヤスユキ少佐は一度、地球へ向かい、そこで家族と再会したものの、息子はまるでそれを待っていたように亡くなり、奥さんには地球にいても退屈でしょうと追い払われたという。

 結局は宇宙の方が性に合うらしい。ヤスユキ少佐はそう言って笑った。

 女性二人からは奥さんを呼び寄せればいいなどという指摘もあったが、ヤスユキ少佐は「彼女には彼女の生きる場所と生き方がある」と少し寂しげに、それでもやはり笑っている。

 食事が終わる前に、もう一人、意外な人物がやってきた。

 クリスティナ大佐である。どうやらそもそも、ヤスユキ少佐とクリスティナ大佐が待ち合わせていて、大幅にクリスティナ大佐が遅れたがために、ヤスユキ少佐は先に食事を始めていたらしい。

「あなたたちがなんでいるわけ?」

 ムッとした顔の大佐に、リコ軍曹は恐縮していたが、エルザ曹長は平然と「偶然です」と澄まして答えていた。

 大佐と少佐が話を始めると、エルザ曹長はリコ軍曹と共に去っていき、自然と士官三人だけになった。

「ノイマンの冒険は断片的に聞いているよ、少佐」

 そうヤスユキ少佐に水を向けられて、ケーニッヒは首を振った。

「とんでもない冒険でしたね。もう一回、同じことをやれと言われたら断りますね」

「でもまた、ノイマンに乗るんだろう?」

「俺も意外に、宇宙が性に合っていると気づきました」

 それは良かった、とヤスユキ少佐は嬉しそうな表情を見せている。

 しばらくクリスティナ大佐がヤスユキ少佐にミリオン級の運用に関して意見を求め、こんなことならヤスユキ少佐も会議の場に招けばいいだろうに、と思ったが、それは遠慮もあるのか、クリスティナ大佐は少しもそんなことは口にしない。

 食事が終わり、ヤスユキ少佐は「仕事があるので、お先に失礼します」と席を立とうとした。

 この時までケーニッヒはヤスユキ少佐が今はなんの仕事をしているか、聞きそびれていた。それを訊ねるというタイミングで、そっとクリスティナ大佐が腕に触れたので、ぎょっとして、結局、質問は口にされなかった。

 少佐が去って行ってから、ケーニッヒはクリスティナ大佐に視線をやった。

「彼は技術部門に入ってね、ミリオン級の周囲の技術開発に関わっている。あまり深く聞かない方がいいと思って」

「でも、大佐は知っているわけだ」

「これでも大佐ですからね」

 先に席を離れるわけにもいかず、お茶を飲みながらケーニッヒは直接の上官が食事を終えるのを待っていた。

「先に帰ってもいいのよ」

 そう言われても、付き合います、と応じるしかない。はっきり言ってタイミングがずれていて、席を立つ時期が、ケーニッヒの厚顔無恥をもってしてもどこか不自然さがあり、その不自然さが気に食わなかった。

 そう、今日のクリスティナ大佐はいつもとどこか違う。

 何が違うのだろう?

 食事が終わり、お酒でも飲む? だのと言ってくるのだから、ケーニッヒがどこか不自然なように、クリスティナ大佐も普段通りではない。

「発令所で二人してアルコールの匂いを発散させているんじゃ、格好がつかないですよ。そして変な噂を招きかねない」

 そんなこともないと思うけど、と笑みを見せて、結局、ケーニッヒがクリスティナ大佐を彼女の居室まで送って行くことになった。

 士官用の部屋が並ぶ通路を歩きながら、不意にクリスティナ大佐が屈みこんで、何をしているかと思うと、靴紐を調整しているようだ。

「足が痛いと思っていたのよ。ちょっと待ってて」

 そう言われてケーニッヒは彼女に背中を向けた。不自然だがこれが最善だと、心のどこかで考えた。

 何かがあることははっきりしていた。

 そしてこの一瞬に、ケーニッヒは確信を持ったのだ。

 足が痛いだの、酒を飲むだの、らしくないことをする理由が、よくわかった。

 固い感触が、ケーニッヒの背中に押し付けられた。

 クリスティナ大佐は、ケーニッヒの意図的な隙を無駄にはしなかった。

「動かないで」

 いつになく冷え切った声で、クリスティナ大佐が言って、グッとより強く銃口をケーニッヒの背中に押し付けた。



(続く)

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