6-3 次なる指令

     ◆


 ノイマンに施されてる改修が第五次改修と呼ばれているとケーニッヒに教えてくれたのは、現場責任者の技術中佐で、チェン技術大佐のことを「親方」などと呼んでいる、不思議な男だった。

 この技術中佐がいることで、まるで宇宙ドックがどこかの町工場のように感じてしまうのは、ちょうどケーニッヒと顔を合わせた、ノイマンの設備を確認しているリコ軍曹も同じようだった。

 第五次改修において、ノイマンは再びフレームの形状を見直され、ミューターも積み替えられるという。出力モニターも刷新されるし、推進装置はより静粛性の高いものになるようだ。

 つまり総取っ替えに近い、としかケーニッヒには思えないが、他の乗組員たちはそうは思わないようだ。まるでどこかに秘密の目印があり、その目印が消えない限り、どうなってもノイマンはノイマンだ、と考えているようにも映った。

 とにかく、第五次改修は大規模なもので、数カ月を要するという。しかしそんな時間的な余地はないだろうとも、ケーニッヒは計算していた。実際、作業員たちは上から下まで、殺気立っている。

 ノイマンが作り変えられている間に乗組員は管理艦隊からの聞き取りを受けたり、報告書を書いたりするのだが、リコ軍曹のように技術者に意見を求められ、現場に立つものもいる。

 ケーニッヒはただの副長なので、報告書をまとめたが、管理艦隊もケーニッヒの経歴や事情を知っているので、専門的な意見は求められず、個人的につけていたノイマンの航海記録をそっくりそのまま、報告書にコピーしておいた。

「チャンドラセカルの噂を聞きましたよ」

 宇宙ドックに固定されている、今は全ての装甲を外されているノイマンを見ながら、リコ軍曹が小さな声で言った。ケーニッヒだけに聞かせたいらしい。

「第二次改修の後、長期間の任務を続けていたのが、例の騒動で一度、戻されて、それで仮の第五次改修を受けて出撃したそうです」

「ノイマンがこれから発揮する性能と同程度の性能、ってことか?」

「どうなんでしょうねぇ。ただチャンドラセカルは試験もせず、飛び出した形らしいですよ」

「で、そのチャンドラセカルは今、どこにいる?」

 よく知らないんですけど、とリコ軍曹は前置きした。

「ジョーカーで今度こそ第五次改修を受けて、もう出港したそうです」

「ジョーカー? 何故、フラニーやズーイじゃないんだ?」

「だから、よく知らないんですって。どういう任務なのかなぁ。面白いのかなぁ」

 リコ軍曹もいつの間にかケーニッヒに心を開いているようで、ほとんど心の声が漏れている。

 超大型戦艦はすでに非支配宙域に入り、姿を消した。激しい探査も今のところ、かわしている。同時に連邦に反旗を翻した離反艦隊も別の航路で移動していると、ケーニッヒは聞いていた。これが目下、管理艦隊、そして連邦宇宙軍の難題である。

 リコ軍曹と話をした二日後、ケーニッヒは呼び出しを受け、頻繁に宇宙基地や宇宙ドックを移動している参謀であるリン少将の訪問を受けた。正確にはケーニッヒは同席しただけで、実際に少将が用があったのはクリスティナ大佐である。

「ノイマンの次の任務の計画書だ」

 そう言ってリン少将は紙の書類を二人に手渡した。かなり厚いのですぐには目を通せそうもない。

「今、読んでくれ。機密を確保したい」

 そう促されては、後回しにもできない。

 読んでみるとミリオン級の本来の形である、長期間の潜入任務のようだった。活動範囲は非支配宙域の最外縁で、以前のように危険の真っ只中に飛び込む必要はないようだ。

「ミリオン級潜航艦は今、管理艦隊では特別な立ち位置にある。言ってみれば、切り札だ」

 そうリン少将がいうのに、ケーニッヒはその切り札が、独立派勢力に対する切り札ではないなとすぐに察しがついた。

 地球連邦、そうでなけれな統合本部への切り札なのだ。

 管理艦隊には管理艦隊の生存本能がある、と言える。

「ケーニッヒ少佐、艦から降りるかね?」

 前触れのなくそう言われ、ケーニッヒは困ってしまった。困ったから、自然と笑っていた。

「意外に宇宙船に乗るのも面白い、と思い始めていまして」

「殊勝なことを言うようになったな、少佐。きみには今回の任務からはずれてもらっても良い、というのが司令部の意思だが、今、降りなければ当分は缶詰だぞ」

「それも良いかもしれませんね」

 そんなやり取りで明言を避けて、リン少将に書類を返し、その書類は彼の副官が丁寧にカバンに入れていた。大げさなことにそのカバンの持ち手は手錠で副官の手首と繋がれていた。

「あなたは降りると思ったけど?」

 少将とその副官が退室してから、クリスティナ大佐が不審げに自分を見るのにも、ケーニッヒは笑みで答える。

「あれはおおよそ、本音ですね。宇宙船に乗るのも、面白くなってきた」

「あなたは気楽でいいでしょうけど、私としては優秀で頭の切れる副官が欲しいわね」

「期待に添えるように努力しますが、まぁ、使えないとわかったら放り出してください」

 それもまた気楽な意見、とクリスティナ大佐にやり返されて、ケーニッヒはただ笑うしかなかった。

 ノイマンの改修はその日から一ヶ月も経たずに完了した。予定の半分以下の期間で仕上げた、相当な突貫工事である。一部の改修は見送られてもいる。それだけ時間的猶予がないのは、管理艦隊では当たり前になっている。

 ケーニッヒはその間に訓練を積むことができたが、本職の宇宙船乗りにはどうしても及ばなかった。

 しかしケーニッヒの元にノイマンの副長として続投させる通達があり、会合へ行ってみると、見知った顔が揃っていた。

 リコ軍曹、トゥルー曹長、エルザ曹長、ドッグ少尉、アリス少尉、そしてもちろん、クリスティナ大佐がいる。

「結局、また同じ顔ぶれってわけですか」

 空いている席に座りながら冗談で言うと、これがベストですからね、とクリスティナ大佐が答える。

 そうして会議が始まったが、ケーニッヒはほとんど発言せず、全員の様子を注意深く見守った。

 またあの日々が始まるという実感が、ケーニッヒを包み込み始めた。

 緊張と負荷ばかりが強い日々だ。

 それなのに、何かから解放される気になるのは、何故だろう?

 ケーニッヒは無意識に天井を見上げ、そこにある明かりに目を細めた。



(続く)

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