6-2 極秘任務

      ◆


 宇宙ドックには昼も夜もなく、作業員は交代で二十四時間、艦船をいじり続ける。

 食堂がいくつも用意され、他にも娯楽室もあるし、映画館もあるような多機能施設の側面も宇宙ドックにはあった。ここで働くことはある種のステータスでありながら、ここで働くものは大抵はステータスなど気にしない、根っからの技術者か作業員である。

 ケーニッヒは何度か顔を合わせている女性の作業員とその日も食事をしていて、そこで暗号を受け取った。エイプリル中将と話した翌日だ。

 会話の中にあるいくつかのワードが予兆で、決定的な言葉を覚えれば、あとはケーニッヒの中でメッセージに変わる。

 消せ、とは、また思い切ったことだ。

 食事を笑顔で終えて女性作業員は去っていった。

 どうするべきか、をケーニッヒが考える必要はない。任務は任務で、実行する以外にない。そして大抵は、そのためのお膳立ても統合本部でやってくれるのだ。

 それでもとケーニッヒは秘密裏に女性の下士官を誘い出し、巧妙にターゲットの副官の男性士官を、女性下士官を利用することで、現場から引き剥がした。

 ドアのチャイムを鳴らすと、自動でドアが開く。

「きみか、ケーニッヒ少佐」

 踏み込んだ部屋の主がそう言ってケーニッヒを見やる。椅子に座ったまま、気だるげな表情だった。本来の持ち場ではない宇宙ドックに設けられた仮の執務室のせいかもしれない。

「副官がいたはずだが、席を外していたのか?」

「ちょっとよそへ行ってもらいました」

 その言葉がそっくりそのまま死刑宣告であると、ターゲットの彼は把握したようだ。

 一瞬の停滞もなく彼の手が腰から拳銃を抜こうとする。

 それよりもケーニッヒの方がいくらか早かったのと、彼が椅子に座っていたがために、訓練と違って拳銃の位置が思ったところになかったことが、彼の命の消滅を招いた。

 がっくりと椅子にもたれかかって動かない相手に、消音器をつけた銃口を向け直し、二度、続けて引き金を引いた。その二回の発砲で死体が二度、震え、しかしもう何の反応もない。

 そっと部屋を出て、ケーニッヒはもう振り返ることもなかった。

 与えられている士官用の部屋に戻り、椅子にもたれかかって出入り口のドアを見た。

 先ほど自分やったように、いつか誰かがこの部屋に入ってきて、ケーニッヒに銃口を向けるかもしれない。

 そんなことを繰り返しても、ただのゲームに過ぎないのに、そのゲームのために人命が失われる。何かを変えたかもしれない命、何かを成し遂げたかもしれない命が、人間同士の秘密裏のゲームのチップということか。

 感傷的になっている、と考え、ケーニッヒは拳銃を片付け、ベッドへ移動したが、すぐには眠れそうもなかった。

 時間が朝の四時を示し、結局は眠れないまま、ケーニッヒは部屋に備え付けのシャワーを浴び、制服を着なおした。

 そこへ携帯端末の呼び出し音が鳴る。

 あるいは死神が呼んでいるのだろうか。

 端末で通話を受けると、クリスティナ大佐からだった。

 彼女は挨拶なしで本題に入った。

「クラウン少将が暗殺されたわ。もう聞いている?」

「いえ、今、知りました。いつです? どこで?」

「執務室でよ。おそらく昨夜だけど、副官が行方不明になっている。関係があるかは不明だけど、憲兵がそこらじゅうを調べている。私のところもね。あなたはこれからみたいだけど」

 副官が行方不明か。それはケーニッヒの仕事ではない。どうやらまだ、統合本部はケーニッヒを使うつもりらしい。

 話を続けようとした時、来客を告げるチャイムが鳴った。

「まさに今、憲兵のお出ましのようです。何かわかったら教えてください、大佐」

「少佐も知っていることがあるなら、教えてちょうだい。では、また」

 通話を切って扉を開けると、屈強な体格の憲兵が二人並んで立っており、立ち話で恐縮ですが、などと変な気の使い方をしながら、昨夜のケーニッヒの行動を確認し始めた。用意されていた偽の説明をしながら、クラウン少将が亡くなったとか? と水を向けてみる。

 平静を装ったようだが憲兵の瞳の奥が狼狽した。同時に警戒も宿るのが見て取れた。

「クリスティナ大佐から聞いたんだよ。上官なんだ」

 その一言で、憲兵は安心したようだが、他言は無用です、と念を押された。

 結局、二人と立ったまま二十分ほど喋り、ケーニッヒから検査のためとして支給品の拳銃を押収した以外は、何かあればもう一度、という感じだった。

 それでケーニッヒは解放された。朝食のタイミングを逃したが、幸いにも宇宙船同様、宇宙ドックも食堂は休みなく開いている。

 食堂に行って、顔見知りの作業員が一人で食事をしているので、断ってその向かいに座った。

「駆逐艦の組み立て作業が忙しいんです、少佐」

 作業員がそんなことを言う。

「別の奴は終わったと言っていたぞ」

「どの艦です?」

「戦艦と聞いているが、よく知らん。機密なんだろう」

 そのやり取りだけで、ケーニッヒの任務が完了したことが相手に通じた。それから二言三言のやり取りの後、作業員は去っていき、少しすると別の人物がケーニッヒに近づいてきた。

「意外に落ち着いているわね」

 その人物はよく知っている。何ヶ月も一緒にいたのだ。

「そういう大佐こそ、余裕な雰囲気ですよ」

 クリスティナ大佐は少しも断らずに、ケーニッヒの向かいに腰を下ろし、食事を始める前に「危ない橋は渡ってないわよね?」と言った。

「何のことです?」

「……いえ、気にしないで。もうこれ以上は何も言わない。良いわね?」

 これは一言も返せないな、とケーニッヒは口を閉じることにした。クリスティナ大佐はケーニッヒを疑っているらしい。その程度には、権力争いや組織内の暗部を知っているということだろうか。

 それからクリスティナ大佐はケーニッヒに、ノイマンが受けている改修について話し始めた。クラウン少将に関しては、一言もないし、その名前が出ることもない。

 自分がもう一度あの艦、ノイマンに乗ることがあるとして、どういう役目でそれがあるのか、ぼんやりとケーニッヒは考えた。

 すでに自分が表に出ていく場面は、終わっている。

 次の仕事は、また別のところだろう。

 食事を続けながら、ケーニッヒに頭の中にはノイマンで過ごした日々の光景が去来していた。



(続く)

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