第6話 正義の押し付け合い
6-1 状況整理
◆
ケーニッヒ・ネイル少佐は宇宙ドッグに併設の食堂で、食事の最中だった。
そこへ明らかに不機嫌そうなクリスティナ・ワイルズ大佐がやってきて、まさに今、ケーニッヒが話をしているドッグの作業員の女性を一瞥した。階級が伍長のその女性作業員は狼狽を隠せず、すごすごと去っていってしまった。
「仲良くなれそうだったんですけど、大佐」
「少佐、呼び出しが聞こえていないの?」
やれやれ。これで三日連続で話し合いだ。
いきますよ、と応じてさっさと食事をかき込み、席を立つ。そのままクリスティナ大佐に続いて、会議室へ行くと、一昨日、昨日はクラウン少将と彼の副官、管理艦隊の保守部門の担当者だけだったのが、一番上位の責任者、エイプリル中将がそこにいた。
「お久しぶりです、中将閣下」
愛想よく応じるケーニッヒに、「ご苦労だった、少佐」と応じるエイプリル中将は想像より機嫌がよさそうだ。ケーニッヒの機嫌がいいのは狭苦しい船から解放されたことが理由だが、この中将にはそれはない。
席に着くと、「独立派勢力に近しい対象の痕跡をおおよそ掌握した」とエイプリル中将が切り出した。
それからの話によれば、チャンドラセカルが撃破した超大型戦艦の救命ポッドは複数が確保されたが、大半は行方不明である。その一方で超大型戦艦そのものの構造物も、ある程度は回収できた。
「きみたちが仕留めた艦が一番の収穫だがね」
そうエイプリル中将は笑っている。
ノイマンがサイクロプスを活用した攻撃で拿捕した一隻のことだろう。あの船はほとんどは損傷らしい損傷もなく、原型が残っている。
「あちらはやはりダメでしたか?」
「逃げられたまま、追跡を現在進行形で行なっている。ただ、痕跡が消えるのは目に見えているな」
ノイマンとチャンドラセカルが対峙していた一方で、管理艦隊がほぼ全戦力でぶつかっていた方の超大型戦艦は、正面から五つの分艦隊を相手取って渡り合い、最終的には準光速航行で現場を離脱していた。簡単に言えば、逃げられたのである。
これがクリスティナ大佐が不機嫌な理由でもあると、ケーニッヒは察していた。管理艦隊が不甲斐ないとでも言いたげなのだ。
中将がゆっくりと話を続ける。
「統合本部が事情を知りたがっているが、今はまだ駆け引きの段階だ。それでも一部の国家にはペナルティがあるだろう。これは既定路線だよ。ただし、それよりも重大な事態も起こっている」
「政治の話はわかりませんね」
実際にはわかっているのだが、ケーニッッヒは知らないふりをした。
フラニーに入って五日が経ち、その間に統合本部からの使者がこっそりと彼に接触してきていた。
宇宙ドックに物資を届けに来た輸送船の作業員で、ケーニッヒには小さなメモリーカードを手渡していった。
その中には、オーストラリアと東南アジア連合が結託し、地球連邦に反旗を翻す準備をしていた、という調査結果があった。独立派勢力への資金提供から始まり、人材も、艦船も提供していたのだった。
そして今、それらの国家の息のかかった艦船が、地球連邦宇宙軍から離反しつつある。それも小艦隊のようになり、非支配宙域へ向かっているのだ。
連邦への反乱は、ありそうなことだが、地球連邦としては対処が難しいだろう。
締め付けを厳しくすれば、結局は反感や危機感、不安感を煽り、集団としての統一を損なうかもしれない。一方で甘い対処をしているようでは、地球連邦には力がない、と見られる。
それこそ政治の領域だが、ケーニッヒとしては今は少し離れていたかった。
長い航海の後なのだ、少しくらい羽を伸ばして、休息を取ってもいいはずだ。
「チャンドラセカルはどうしたのですか?」
クリスティナ大佐が、エイプリル中将が話を区切ったところで、素早く質問した。猛禽類じみた、隙のつき方だった。エイプリル中将は控えめな笑みを見せた。
「チャンドラセカルはもう任務を再開している。きみたちを助けたのは、実は我々の総意ではない」
「え……?」
唖然とするクリスティナ大佐の横で、パチパチとケーニッヒも瞬きしていた。それなら、誰が指示したんだ?
「あれはチャンドラセカルの独断だよ。追加装備は実験段階でね。我々もバタバタしていて、チャンドラセカルに騙された口だ」
軍隊がバタバタなどするものか、と危うくケーニッヒは口にしそうになった。
この初老の中将も食わせ者だな、とケーニッヒの中で評価が上書きされる。非公式な任務なのだ。チャンドラセカルも、そしてノイマンも。非公式で、しかもどこにも露見しないなら、何をしてもいい訳だが、これはさすがにやりすぎだろう。
「地球連邦が知ったら、顔面蒼白ですね」
それだけの言葉で釘を刺すケーニッヒにエイプリル中将は、まだ機嫌の良さそうな顔をしている。それだけの戦果、収穫があった、ということか。
それからいくつかのやり取り、確認のようなものがあり、去り際にエイプリル中将はクリスティナ大佐とケーニッヒに「ノイマンはバージョンアップされる。その改修に立ち会うように」と言い置いて、部屋を出て行った。クラウン少将とその副官もそれに続き、最終的には部屋にはクリスティナ大佐とケーニッヒだけになった。
「チャンドラセカルは、なかなかやるわね」
それがやっとクリスティナ大佐が口にした言葉だった。
「才能がある人間が、どこにでもいるものです、大佐。もちろん、大佐にも見るべきものはありますがね」
「慰めているつもり?」
「いえ、本心です」
都合のいいお世辞だこと、と口にしてクリスティナ大佐が部屋を出て行く。ケーニッヒも自然と後を追うが、クリスティナ大佐はドックへ向かうようだ。言われた通りに、ノイマンの様子を見るのだろう。
ケーニッヒはいくつかの理由をでっちあげて、途中から彼女を一人で行かせた。
一人きりになり、ケーニッヒはほとんど反射的に溜息を吐き、頭の中にあるメモリーカードの情報を考え直した。そこには管理艦隊からの情報漏洩に関する通報があったのだ。
見過ごせない、重大な内容である。
あまり目立つことはしたくないが、そうも言っていられないだろう。
ややこしいことになったものだ。
(続く)
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