5-9 解放
◆
超巨大戦艦からの対空砲火は、まったく意味をなしていないように見えた。
そもそも彼らには敵の姿が見えていないようだし、それはクリスティナの乗るノイマンにしても、チャンドラセカルがどこにいるのか、把握できていない。
「通信回線がリンクされました。こちらの情報を送ります」
「彼らはどこにいるんだ?」
リコ軍曹に投げかけられたケーニッヒ少佐の言葉に、すぐ分かります、と答えたのは意外にもドッグ少尉だった。
「何もない空間から攻撃があれば、それがチャンドラセカルでしょう」
「そんなことをしたら、隠れている意味がない」
食い下がるケーニッヒ少佐にドッグ少尉がちらりと視線を送り、珍しく笑みを浮かべるのがクリスティナにも見えた。
「私もそう思います。ですから、一撃で決めるでしょう」
その初老の火器管制管理官の言葉が終わる前に、強い光が走り、全員が視線をメインスクリーンに集中させた。
炎が吹き上がり、超大型戦艦の推進装置が崩壊していく。
結局、見えないじゃないか、という視線をドッグ少尉に向けてしまうが、そのドッグ少尉は前だけを見ている。
爆発が連鎖し、ついに超大型戦艦はその姿を消すこともできる、最強の盾である力場さえも維持が不可能になったようだ。
そこで驚くしかない現象が起きた。
見ている前で、超大型戦艦がまるで自分の体が自分の力で崩れるように、崩壊を始めたのだ。
「なんてこと」
トゥルー曹長が呟く。
「艦を維持するためにも、力場を使っていたんだわ」
その言葉は端的ながら、事実のようだ。
超大型戦艦の大きすぎる構造物は、それ自体の剛性だけではなく、力場を自身に作用させて支えられていたことになる。力場発生装置が破損し、今や目の前の巨体は、自壊していくのみだった。
いくつもの救命ポッドが射出されるのを見ながら、それでもクリスティナはチャンドラセカルを探したが、やはり見つからない。
「ノイマン、無事ですね?」
唐突に通信が繋がり、先ほどの男性の声がした。まるで戦場にいるとは思えない、冷静な声だった。
「チャンドラセカルはもう一隻の方へ向かいますが、あなた方は基地へ帰投するべきです。損傷がひどい」
実際、剥がされた装甲もあり、隠蔽能力は破綻寸前だとはっきりわかっている。
「また会いましょう。以上、通信終わり」
クリスティナが何かを言う前に涼しげとしか言えないその一言で通信は切れ、リコ軍曹は完全に通信リンクが切れたことを告げた。こうなっては、クリスティナとしてはできることは限られている。
リコ軍曹に命じて、管理艦隊の本部とやりとりさせる。
管理艦隊はほとんど全力でもう一隻の超大型戦艦とやりあっているが、痛み分けになりそうだという情報が返ってきた。座標はまだ、非支配宙域に差し掛かったあたり見える。まだ緒戦なのだ。
これらの情報はテキストでだった。のんびり話す余地もないのは、痛いほどわかる。
敵艦からの救命ポッドの存在を伝えたが、本部に残っている第三分艦隊を派遣する意向は無いようだ。こうなると他の独立派勢力の艦船がここへやってくるという可能性が高いかもしれない。
漂流しているバラバラになった超大型戦艦を回収することさえも、これではできそうにもなかった。
「ノイマンはフラニーに向かうようにとのことです。貴艦にできることは限られていると」
管理艦隊司令部の参謀の中佐が発送者であるテキストでそう告げられては、クリスティナにもノイマンの乗組員にも、できることは何もないのだった。
現場を離れ、推進装置が再起動され、準光速航行が起動するまで、もう誰も何も言わなかった。
「あの潜航艦はいつからあそこにいたんだろう? まるで知っているようだった」
さすがに先ほどよりは気の抜けた様子のケーニッヒ少佐に、クリスティナは思わず鋭い視線をやった。
「事前に潜んでいたのでしょう」
「取り外し可能な高出力粒子ビーム砲を抱えて、ですか?」
あの宙に浮かんでいた砲台は間違いなくチャンドラセカルが装備していたものだと、彼は見抜いている。クリスティナも、他の管理官も気づいてはいるが、深くは踏み込まなかった。
ミリオン級潜航艦にあのような追加装備があったとは、知らなかった。
あるいは事態に対して、非常的な措置で実戦投入した試作品なのかもしれなかった。
「とにかくこれで、任務は終わりでしょう」
そう言っておきながら、クリスティナ自身は何も終わっていないような気がした。
準光速航行で五日ほどが過ぎて、通常航行へ戻ると宇宙ドッグのフラニーがすぐ目の前だった。地球の至近にいたのが、いつの間にか、それほど旅をしてきていたのだ。そう思うと、感慨深いものがある。
巨大なドックが四つ、組み合わされているうちの一つが、ノイマンのために解放されている。
残りの三つにも船が入っているようだったが、もちろん、ミリオン級ではない。
「こんな終わり方とは、予測しなかった」
珍しくそう口を開いたのは、トゥルー曹長だった。自分の方をちらりと見る曹長に、クリスティナはかける言葉を探し、小さな声で言った。
「戦いは、宇宙船同士で決するものじゃないのかもしれないわね」
今度はエルザ曹長とリコ軍曹がクリスティナを見て、そのクリスティナはわざとらしく、ケーニッヒ少佐の方を見た。
宇宙船ではないもの、つまり、情報、諜報が意味を持つ、と暗に示したつもりだった。
三人の視線を受けて、ケーニッヒ少佐は「何も聞いていない」と首を振った。
今はそれで許すとしよう。
とにかくノイマンは久しぶりに安全圏へ戻ってきた。乗組員は久方ぶりに外へ出ることができる。
この豪勢な棺桶から出ることができる。
誰もそんなことは言わないが、ノイマンが危うく百名が相乗りした棺桶になりそうだったのは、確かだ。
エリザ曹長がピタリと艦をドックに入れ、トゥルー曹長とリコ軍曹が協力して、艦を固定させた。宇宙ドッグからも通知があり、移乗と補給のための各種チューブが接続された。
ほっとした空気の発令所で、クリスティナは抗しきれずにこっそりと、周りからそうと見えないようにやや脱力した。
「少し、休みましょう」
それがやっと彼女が発した、重圧からの解放を告げる一声だった。
(第五話 了)
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