5-8 絶体絶命

     ◆


 超大型戦艦が動きを止めたことは、事前にわかっていた。一隻だけで、護衛はいない。座標も把握し、至近で通常航行に戻ることができる。

 現場に着くまでは五時間ほど。準光速航行を止めたときには戦闘が始まることを意味していた。

 発令所では激しい意見の交換があり、それでも決定的な作戦は生まれなかった。

 力場の継ぎ目に飛び込み、そのまま突撃するよりない。瀬踏みをしたいところだが、そうした途端、より厳密に警戒されるだろう。

「もっとスマートなものがありそうですけどね」

 そう評価したのはケーニッヒ少佐だが、彼にも名案がない点では他のものと同じだ。

 休息を取ることはできたが、管理官たちはほぼ発令所に詰めていた。そして議論も続いた。出口のない議論だ。

 そうして、ついに時間が来る。この時には兵士たちもそれぞれの持ち場で事態に備えた。

「離脱まで、五分を切りました」

 トゥルー曹長の宣言に、一度、頷いてからクリスティナは艦内放送を始めた。

「艦長です。これよりノイマンは、言葉を選ばなければ、決死の作戦を決行することになります。恨むのなら、艦長を恨むといい。最後の時まで、諸君の敢闘を求めます。以上です」

 短い言葉を終え、クリスティナは傍の少佐を見た。

 その少佐は何も言わないで、それでも軽く首を振って、困りましたね、か、呆れますよ、というような表情をしていた。

「あと一分です」

 トゥルー曹長の小さい声に、ついにこの時が来たぞ、とクリスティナはメインスクリーンに視線を向けた。

「ドッグ少尉、全火器を起動して待機モードにしなさい。リコ軍曹、敵の様子は?」

「運動は停止しています。空間ソナーでは認識できませんが、出力モニターには反応があります」

「よろしい。エルザ曹長、トゥルー曹長、抜かりのないように」

 それぞれの下士官から返答があり、そしてメインスクリーンに映像が戻った。何もない宇宙空間。

 ノイマンはミューター、性能特化装甲のシャドーモード、そしてスネーク航行で密かに、前進する。

 すぐ目の前に巨体があるはずだが、何も見えない。力場による不可視化が施されているのだ。

「出力モニターを頼りに、回り込んで」

 クリスティナの指示に、リコ軍曹が返答し、エルザ曹長は短い返事の後に操舵装置を捻っていく。

 なんの前触れもなかった。

 瞬間、強烈な衝撃がノイマンを突き上げ、艦長席の背もたれにケーニッヒ少佐が手を添えて体を支える。

「失礼しました、艦長」

 おどけた口調の副長に、余裕じゃないの、と言い返す、まさにその余裕がクリスティナにはなかったし、他の管理官たちにもない。

「力場に捕捉されています! 艦に想定外の負荷です!」トゥルー曹長の悲壮な声の報告。「第十三、十五、十六装甲に特に強い負荷が!」

「切り離して、曹長、急いで」

 了解、の返事と共に、トゥルー曹長が端末を操作し、発令所にも鈍い音が響き、先程より不規則な振動が始まる。周囲を移すメインスクリーンの映像の隅に、何もない空間でひとりでにひしゃげていく、切り離された性能特化装甲が見える。

 この事態は事前に想定されていた。敵が力場の継ぎ目を放置するわけがない。当たり前だ。

 この時のための手も打っている、というより、この可能性が現実になった瞬間を、ノイマンにとって最大限に有利にする処置が施されていた。

 切り離された装甲板がぐしゃぐしゃになる、と誰もが幻を見たとき、その装甲が小さく爆ぜて、今度こそ潰れた。

 その前に発光と同時にノイマンのメインスクリーンにノイズが走り、「成功です」とトゥルー曹長がこわばった声で宣言する。

 性能特化装甲を分離した時、最低限の出力でもスパークモードに切り替わるように仕込んであった。今、ノイマンの索敵にも乱れがあるように、超大型戦艦にも少しは混乱があっただろう。

 それを示すかのように力場の照射が曖昧になり、ただ、力場が周囲を探り続けているのは変わらない。ノイマンの震えは逆に激しくなった。

 それでも力場に二度目の捕捉を許さないまま、ノイマンが一点に向かって飛んでいく。

 力場の継ぎ目だ。そこを抜ければ、反撃が可能になる。

 艦が一度ぶるりと揺れ、眼前に唐突に巨大な構造物が見えた。

 見えたが、それ以上先には進めない。

「力場が……」

 そう言ったのはリコ軍曹だった。

「力場の焦点が変化しました。ノイマン、完全に固定されています」

「トゥルー曹長、全装甲をスパークモード、最大出力!」

 返事があったのか、なかったのか。

 唐突にノイマンがつんのめるように前進し、危うくクリスティナは艦長席から転がり落ちそうになった。

 不自然な冷静さで、クリスティナはメインスクリーンを見つめた。

 映像は、動かない。

「力場が、艦を固定しています」

 その声は、リコ軍曹だった。

 負けたのか、とクリスティナはまず思った。

 敵は力場の繋ぎ目への対処をしたのだ。

 こちらに抜け穴を見抜かれていること、こちらがそこを突くことを予想して、さらにこちらがなんらかの方法でそこを突破することも想定した。

 だから、継ぎ目に余計に二重に力場を展開した。ノイマンはスパークモードによる撹乱で一枚は突破しかけたが、二枚目に遮られた形だった。

 そんな器用なことができる仕組みを、敵の装備は事前に組み込んであったのだろう。弱みにつけ込まれることさえも想定していたのか。

 ノイマンは今、装甲の一部を剥がされ、完璧な隠蔽が成立していない。最初に装甲を引き剥がされた時点でもう負けだったかもしれない。

 一番の強みは、忍び寄ることだったのだから。

 敵が待ち構えているところへ飛び込むなどと、大それたことを決行したものだ。

 今から攻撃しようとしても、遅い。魚雷、ミサイルは押し潰されるだろう。粒子ビームさえもあるいは、力場で偏向されるのか。

「リコ軍曹、乗組員の脱出は可能かしら?」

 さっとトゥルー曹長とエルザ曹長がクリスティナを見る。ドッグ少尉は聞こえていないように、まっすぐに端末に向いて黙っている。ケーニッヒ少佐も無言。

「軍曹? 返事をしなさい」

 呼びかけていても、リコ軍曹は返事をせず、端末を操作している。

「艦長、乗組員の脱出の前に、力場からの脱出を決行するべきです。もしくは玉砕を決断するべきでは」

 強い口調のエルザ曹長の言葉に、同意見です、とトゥルー曹長が続ける。

 その二人の視線を受けて、それでもクリスティナは毅然とした態度を保った。

「艦を捨てて脱出です。いいですね?」

 ぐっと二人が言葉に詰まったところで、リコ軍曹が急に言った。

「艦長、後方に感があります」

「……後方? 敵ということ?」

 現時点でも超大型戦艦に制圧されているのに、さらに敵が来るとは。

 とことんついていないな、とクリスティナはこの不愉快で結末の決まった勝負を投げ出そうとした。

 しかしそれは、ギリギリのところでリコ軍曹の声で引き止められた。

「エネルギーの反応があります。至近を粒子ビームが」

 そこまで報告があった時には、ノイマンを掠めて大出力の粒子ビームが突き抜けていく。

 あまりにも出力が高く、なおかつ強力に収束されているために、力場による偏向を物ともせずに、その粒子ビームは超大型戦艦に突き刺さった。ノイマンが震え、自由を取り戻したことをエルザ曹長が宣言し、操舵装置が引き寄せられ、発令所でも慣性が働くのが分かった。

「味方?」

 クリスティナは背後の映像を確認する。即座にリコ軍曹もその座標に探索を向ける。

 何かが浮かんでいる。拡大されると、砲台のようなものが浮かんでいる。粒子ビーム砲だろう。しかし、自走砲台にも見えない砲台が単体で、こんなところに、なぜ?

「通信が入っています、艦長」

 震えを隠せないリコ軍曹の言葉に、クリスティナは即座に繋ぐように指示した。

 音声通信がつながる。相手は……。

「無事ですか? ノイマン」

 澄んだ若い男性の声が、発令所に柔らかく響く。

「こちらはチャンドラセカルです。後退してください」

「情報収集でフォローします」

 そう反射的に応じたクリスティナに、チャンドラセカルからの通信相手は黙っていたが、「よろしくお願いします」と返答があった。

「みんな、聞いていたわね。チャンドラセカルをフォローします」

 やれやれ、と呟いたのはケーニッヒ少佐で、他の面々はまだ緊張を解いていなかった。というより、事態が把握できないのだ。

 クリスティナも同様だった。

 もしかして、助かったのだろうか。

 目と鼻の先の超大型戦艦から、唐突に目を覚ましたように全ての火砲が激しい火線を発し始めた。



(続く)

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