5-7 巨獣の潜む暗闇に

     ◆


 準光速航行の間に、管理艦隊の司令部から通信が届いたが、やはり音声のみだ。

 この時はエイプリル中将ではなく、参謀のクラウン少将である。

「敵が二手に分かれたのは知ってるな、大佐」

 通信室で、姿が映らないのをいいことに、クリスティナは同席しているケーニッヒ少佐を見た。彼は肩をすくめている。同じ動作を彼女もした。

 ノイマンも超大型戦艦二隻が、別行動を始めたことは把握していた。出力モニターの虫ピンが追跡しているのだ。だが、発信器は機能しなくなっていた。

 どうやら敵も追跡されていることを把握している。それもそうだ、三隻のうちの一隻が拿捕されているのだから、臨戦態勢にならないわけがない。

 その上で、二隻を別行動にさせ、それはどうやらどちらかが本隊に合流するという策のようだった。本隊があれば、だが。

 クラウン少将の手短な説明によれば、地球近傍から火星近傍、そこここで連邦宇宙軍を離脱する艦船があり、それは独立した艦隊として、二隻の超大型戦艦とは全く別のルートで、逃走を図っているらしい。目的地は不明である。

「管理艦隊としては麾下の分艦隊を二つや三つに分ける余地はない」

 淡々としたクラウン少将の言葉に、クリスティナは、でしょうね、としか言えないが、それは軍人には許されないので、短く「はい」とだけ言った。

 クラウン少将は話を続ける。

「超大型戦艦の片方を管理艦隊で撃破する計画だ。造反艦隊は今は忘れる、となった。超大型戦艦のもう一方を攻撃する余地はないことから、ノイマンにはそちらを捕捉してもらうことになる」

「ノイマンが追うとして、敵の本隊に合流させても構わないのですか? それとも、それを万難を排して阻止すべきですか?」

 超大型戦艦は今、護衛を連れていないが、独立派勢力は即座に護衛を派遣するはずだった。そうなっては現在よりも戦力差は大きくなり、事態は困難を極める。

 ノイマンとしてはただ見張るか、あるいは敵に力場の繋ぎ目に一縷の希望を託して攻めるかしかないのだが、敵に護衛がつけば、その艦に継ぎ目の防御を任せるという選択の余地を相手に与えてしまう可能性もあった。

「撃破できるかね、ノイマンに」

 クラウン少将の感情をうかがわせない言葉に、思わずクリスティナはあからさまに首を振っていた。見えなくてもそうせざるを得なかった。

 現在のノイマンの火器は破損こそしていないが、弾薬は残り少ない。第八分艦隊から短時間で最低限の補給を受けたが、何しろ時間がなかった。

 電磁魚雷は新しく積んだ四発だけで、ミサイルも八発しか残っていなかった。そして以前に使ったようなサイクロプスによる特攻も、そもそもサイクロプスがないためにできない。あれはミリオン級にしかない装備なのだ。

「やるか、やらないか、どうする? 大佐」

 命令しないところが、不愉快だった。こうなってはクリスティナとしては、請け負うしかない。クラウン少将は暗にそれを望んでいるのだ。

 勝てる可能性が見えなくとも、今、目の前にあるのはノイマンにしかできない任務である。

 軍人は何かを守るためにいる。軍艦は剣であり盾なのだ。

 しかし今、いったい何を守っているのか?

「全力を尽くして、撃破します」

 ノイマンに任せることにする、とクラウン少将の声が響き、通信は切れた。

「それで、どうやって撃破するのですか? 艦長」

 苦笑いしているケーニッヒ少佐に、クリスティナも笑みを返すしかない。うまく力の入らない、弱気な笑みだと自分でも感じられた。

「乾坤一擲、当たって砕けろ、そんなところね」

「全員を巻き添えに、ですか?」

「危ないと思えばさっさと逃げることにしましょう」

 二人で通信室を出ようとすると、通路でリコ軍曹が待っていた。

「艦長、副長、超大型戦艦が整備を度外視して前進しています」

 ありそうなことだ、とクリスティナは無言で頷いた。

 準光速航行の間はほとんど絶対に攻撃を受けることがない。最も安全な状態が、準光速航行なのだ。

 整備しているところを狙われるなら、整備の回数を減らせばいいことになる。

「注視していて。こうなっては待ち伏せはそう何度も使えないわ。至近でこちらから準光速航行を離脱し、整備中を狙って奇襲するしかない」

「敵が待ち構えてます」

 常識的な意見をリコ軍曹が言うが、クリスティナとしてもそんなことはわかり切っている。

「やるしかないこともあるよ、軍曹」

 それだけ伝えたクリスティナの代わりに、ケーニッヒ少佐がかいつまんで今後を説明した。

 話を聞いたリコ軍曹は不安そうにクリスティナを見たが、クリスティナは目を閉じてそれを無視した。

 先に戻ってます、とケーニッヒ少佐がリコ軍曹を発令所の方へ連れて行ったようだ。クリスティナはまだ目を閉じていた。

 立ち尽くしたままで、クリスティナは考えた。

 どうやら今度こそ、死地に飛び込むしかないらしい。

 援軍はもう来ないし、一隻きりで、万全の態勢の敵にぶつかる必要がある。

 勝てるも勝てないもない。

 間違いなく、勝てないのだ。

 管理艦隊がもう一隻を撃破すれば、助けてくれるだろうか。いや、それは願望というものだ。

 ため息を吐いて、クリスティナも発令所へ向かうことにした。

 発令所に入ると、管理官たちが振り返る。すでにケーニッヒ少佐から説明を受けたようだ。

 それぞれの表情を見せる全員をぐるりと眺め、クリスティナは危うくため息をつきそうになった。

 彼らの命はあまりに重い。

 自分の決断が、重かった。

 放り出したい、逃げ出したい、そんな怯懦が口をつきそうになるのをぐっと堪えて、笑みを見せた。強気が今は必要だ。

「今度こそ、重要な任務よ、みんな。改めて、気を引き締めましょう」

「勝てますか?」

 そういったのは、ドッグ少尉だった。彼でも不安になるのか、とクリスティナは意外だったが、そんな様子を見せるわけにはいかない。もっともドッグ少尉は無表情だったが。

 艦長らしく、クリスティナは平然とした顔で頷いていた。

「勝つしかありません。勝てない時に何が起こるかは、わかっているでしょう?」

 わかりました、とドッグ少尉がそっけないほど簡単に応じて、端末に向き直った。

「リコ軍曹、敵の位置を詳細に捕捉して。それと」

 クリスティナはドッグ少尉にならってそれぞれの端末に向き直り、今は自分に背を向けている管理官たちに、こぼすように言った。

「みんなで、敵を撃破する妙案を、考えておいて」

 無理難題ですよ、とエルザ曹長が呟いただけだった。

 準光速航行で、ノイマンはこの時も、まっすぐに突き進んでいた。

 全く見えない闇の中へ、それも巨獣が潜む暗闇に向かって。




(続く)

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