5-6 各個撃破

      ◆


 三度目の整備のために超大型戦艦が通常航行に復帰した時、予想よりもノイマンは離れた地点にいた。そして超大型戦艦に戦闘艦は付随していない。護衛が必要ではない戦闘力が超大型戦艦にはあるからか、そうでなければ、敵勢力にはその余地がないかだろうと、クリスティナは考えていた。

 この時、ノイマンで練りに練った計画が実行されたのは、当のノイマン自身が必ずしも超大型戦艦に接近する必要がないからだ。

「エルザ曹長、手動で制御するように」

「了解です。うまくいったら、拍手でもしてください」

 言いながらエルザ曹長が動かしてるのはノイマンではなく、ノイマンから切り離された高性能多目的観測ブイのサイクロプスである。

 元々、ノイマンには調査のために二機が搭載されていて、しかし二機ともが地球に置き去りになっていた。回収するような余地は全くなかった。

 だから、その二機の修理用の機材で、もう一機を組み立てたのだ。

 サイクロプスの利点は、性能変化装甲の技術を応用したそこそこの隠蔽能力と、小型であるがために後に残る痕跡が少ないという性質だ。

 今も宇宙空間をひた走っているサイクロプスに、超大型戦艦は気づいているようではない。

 時間との勝負だったがそれには勝ったらしいと、メインスクリーンを見ながらクリスティナは思った。超大型戦艦は力場で姿を消しているものの静止しており、そして今、サイクロプスはノイマンが発見した力場の乱れを抜け、その力場の障壁の中へ入った。

 サイクロプスからの映像には、一隻の超大型戦艦がはっきり映っている。

 きっと彼らは力場を展開する限り、決して攻撃されないと思っているだろう。発見されることもないとすら思っているかもしれない。

「こいつは驚くだろうな」

 ボソッと、ケーニッヒ少佐が口にした。

 発令所の全員が見ている前で、サイクロプスは右翼のポイントスリーと呼称している超大型戦艦、その推進器に突き進み、衝突した。衝突の瞬間は、サイクロプスからの映像には巨大な構造物がアップになり、そしてあっさりと真っ暗になった。

 真っ黒い画面に、通信途絶という表示が出た。

 予定では、おそらく一隻がこの場で立ち往生になり、残り二隻は先を急ぐことになるはずだ。本来的には三隻がその場に留まれば安全なのだろうが、彼らはいわば孤立無援で、何もないところに長い時間、留まりたくはないだろう。

 それなら一隻を残すのが妥当となる。損傷の具合も、サイクロプス一機の衝突なのだから、大規模ではない。その上、クリスティナの指示でエルザ曹長は、サイクロプスが衝突することでのダメージを小さくするように操作していた。

 お膳立ては整っている。

 結果、敵はノイマンの策にそうと知らずに乗ってきた。

 二隻の超大型戦艦が準光速航行で現場を離れ、一隻がその場に残る形になった。

「さて、仕留めに行きましょう」

 クリスティナの言葉に、管理官たちが返事をして、今度はノイマンそのものがシャドーモードの装甲とミューターで姿を消し、スネーク航行でひたひたと超大型戦艦に忍び寄っていくことになる。

 敵は周囲に力場を展開し、防御態勢である。痕跡が微弱で、出力モニターがなければ、見落とす可能性が高い。

 ここまで来れば、あとはタイミング次第になる。

 もし敵が、推進器の破損が事故ではなく、人為的な攻撃だと理解すれば、力場の弱点をフォローするように待ち構えるだろう。それより早くノイマンが現場に到着すれば、力場の継ぎ目を抜けることができる。

 至近距離まで超大型戦艦に迫り、しかしその反応は出力モニターで把握できるだけで、実際の映像にはここに至っても捉えることができない。

「力場に突入します」

 エルザ曹長の宣言の後、小刻みにノイマンが揺れ、そして元通りの静けさがやってくる。

「突破しました」

 今のメインスクリーンには、巨大な構造物がいっぱいに広がっていた。

「ドッグ少尉、魚雷発射管の一番二番に電磁魚雷を装填して」

 了解、という返事。

 虎の子の、最後の二発だった。

 ノイマンの電磁魚雷は違法な出力ではないが、強力な兵器である。そして今、ノイマンは完全に敵の不意をついている。外すことはないし、十分に狙うこともできる。

「照準はメインの推進装置よ。よく狙って」

「わかりました」

 いつも通りの低い控えめな声の後、ドッグ少尉が「いつでもどうぞ」と続ける。

 クリスティナは気負わないように意識して、「一番二番、発射」と口にした。

 復唱があり、メインスクリーンでは魚雷が突き進んでいくのが、よく見える。魚雷に気づいたのだろう、超大型戦艦から対空防御が始まるが、ノイマンの位置どりはほぼ完璧だったし、不意打ちの高速魚雷を捉えることは不可能だったようだ。

 閃光が炸裂し、炎が起こったかと思うとすぐに消える。

 それよりも、超大型戦艦の防御行動がピタリと止んだことの方が、印象に残った。

「敵艦、機能を喪失しています。一時的な麻痺状態です」

 リコ軍曹からの報告に、クリスティナは頷き、さらなる攻撃を命じた。航行能力と力場発生装置の機能は確実に奪う必要がある。この段階でノイマンの隠蔽能力を維持する必要はなく、姿を現し、総攻撃を始めた。

 ミサイル、粒子ビームのささやかな集中攻撃により、おおよその目的は達せられたが、それは航行能力に限定されていた。力場発生装置は攻撃を受ける間、無反応だったが、クリスティナたちには装置の本体がどこにあるかは、正確には把握できない。できるのは、力場の範囲からの逆算による推測だけだった。

 ただ、航行能力を失ったところで、敵艦から通信が入ってきた。

「身の安全と保護を求める」

 見た目は民間の輸送船の艦長に見える男性が、メインモニターに映された。

「どちらも保証しましょう。あと、そうですね……」

 ちらっとクリスティナはスクリーンの隅を見た。カウントダウンは百秒を切っている。

「一分ほど待ってもらえればそちらを保護出来ます」

 一分、という言葉に不審げだったが、その男性の表情がすぐに真っ青になった。

 超大型戦艦の周囲に、四隻の艦船が出現していた。

 超大型戦艦の男の映ったウインドウが横に移動し、新しいウインドウが開く。

 そこには管理艦隊の制服を着た大佐が映っていた。

「こちら、管理艦隊第八分艦隊旗艦、駆逐艦ポアロです。ノイマンですね?」

「ご苦労様です、大佐。獲物を確保しておいてください。こちらは任務を再開します」

 任されました、と大佐が頷き、少し声を潜める。

「地球と火星で、いくつかの国家が動き出してます。近衛艦隊も統一を欠いてますし、どうやら地球から宇宙への脱出の動きもあり、連邦宇宙軍との小競り合いの報告が入ってます。現場は間違いなく混乱してます」

 ありそうなことだ、とは思ったが、それは言わないことにした。どこの誰が何を知って、どちらにつくかも、分からないのが現実だった。

「いずれ分かることです、大佐。任務に集中しましょう、私たちの任務にです」

 そうしてメインスクリーンからは二つのウインドウが消される。あとは捕虜と大佐の間でやり取りすればいい。

 サイクロプスによる奇襲は、事前に管理艦隊に通知してあり、エイプリル中将から援軍を出すという決断が先にあった。

 事前にあったノイマンの役割の「偵察」はもはや、形骸化して、それは事態の変質も意味していた。

 エイプリル中将としては管理艦隊の戦力を分散させたくはないだろうが、敵三隻のうちの一隻だけでもを無力化できる策を無視できなかったようだ。

 クリスティナは一つの懸念が解消された安堵を感じながら、リコ軍曹に他の二隻の敵艦の位置を割り出させた。

「追跡します。みんな、気を引き締めましょう」

 声の揃った管理官たちの返答があり、ノイマンは残る二隻の超大型戦艦を追い始めた。

 簡単には追いつけないとしても、放っておくわけにはいかない。

 敵の中でも、難敵であるのは、事実だった。



(続く)

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