5-5 抜け穴

      ◆


 ついにリコ軍曹が敵の出現を宣言した時、発令所はいつにない緊張に支配されていた。

 ノイマンは完全に姿を消し、この七十二時間、推進装置を完全に停止させて、かろうじてスネーク航行の機能を使って、一定の座標に留まっていた。

 管理艦隊からの通信はない。傍受を恐れているのだろう。今頃、火星は大騒ぎになっているかもしれないが、それは当面、ノイマンとは無縁である。

 クリスティナはリコ軍曹がカウントダウンを始めるのを聞きながら、半ばは神の祈るしかない。あとは正体不明の何かを信じるかだ。

「来ます、三、二、一、今です!」

 ガツンと艦が揺れて、照明が一瞬消えたので、クリスティナもさすがに悲惨な展開を覚悟したが、もう揺れはやってこない。

 メインモスクリーンに映っているのは、三隻の超大型戦艦だった。

「至近です。こちらは全システム、無事に働いています」

 トゥルー曹長の報告。

「良いでしょう、エルザ曹長、死角と思われるところへノイマンを移動させて。一番近いポイントワンよ」

「了解です、艦長」

 エルザ曹長は丁寧に操舵装置に触れる。

 ノイマンでは超大型戦艦を、それぞれワン、ツー、スリーと呼んでいた。三隻は三角形に隊列を組んでおり、中央にツー、左翼がワン、右翼がスリーである。

 ひっそりとワンに近づいたノイマンの眼の前で、巨体が滲むように消えていく。これから推進装置のコンディションを確かめるのだろう。

 事前の分析で、超大型戦艦の後方右舷寄りが最も力場の乱れが激しい、とわかっていた。そこが一番、死角になる可能性が高い場所だった。

 実際、ノイマンが近づいていくと、そこだけが頻繁に像が乱れている。

「ビンゴですかね」

 ケーニッヒ少佐の言葉には、誰も答えなかった。そんな気安いことが言える余裕はない。

 唐突に振動が全てを揺さぶった。ノイマンが力場の乱れに乗り、その影響で艦が揺れているようだ。

「乱暴な運転だな、エルザ曹長」

「道が悪いんですよ。不整地なんです」

 ケーニッッヒ少佐にエルザ曹長が軽口で答えるのは、この二人が他の顔ぶれより先に覚悟を決め、余裕を持ち、すでに何かを乗り越えているからだろうと、クリスティナは口を閉じながら考えた。

 危険、それもとびきりの危険を受け入れて、最善を尽くそうとする境地だ。

 破滅するかもしれない、と思って戦うことほど、愚かしいことはない。

 生き延びることができる、と思わなくては。

 不意に、力場の乱れを乗りこなしていたはずなノイマンの振動が消え、メインスクリーンの中にはほとんどいっぱいに超大型戦艦が映っていた。

 力場は消えていないはずだ。

「何が起こったの? 報告を」

「これは……」リコ軍曹がゆっくりと言葉を口にする。「力場の乱れの真ん中にある、空白地帯に飛び込んだようです。なので、力場による光線の偏向が機能していないのです」

「俺たちは、敵の死角に入ったつもりが、防御の穴に飛び込んでいたってことか?」

 そう確認するケーニッヒ少佐に、かもしれません、とリコ軍曹が答えている。

 しかしまさか、ここで超大型戦艦を攻撃するわけにはいかない。他に二隻がいるのだ。

「情報収集を開始して、リコ軍曹。エルザ曹長、現座標を可能な限り維持するように」

 管理官たちの返事にもどこか力が戻ってきていた。

 それから緊張の時間が三時間続き、前触れもなく力場が消え去り、超大型戦艦は準光速航行で消えてしまった、それでもノイマンの虫ピンも発信器も追尾している。

「このまま追いかけっこをしているわけにもいかないでしょう、艦長」

 力場の影響を受けていないか、艦の状態が確認されている中で、ケーニッヒ少佐がクリスティナに囁いた。

「弱点はわかりましたが、敵もそれくらいは把握しているでしょう。どうやって攻略すればいいと思いますか、艦長?」

 それは司令部が考えること、とはクリスティナが言えないのは、ケーニッヒ少佐が考えていることがわかるからだし、クリスティナにも彼の使命感のようなものは理解できていた。

 超大型戦艦を、正面対決ではなく奇襲して撃破する能力を持つのは、ミリオン級潜航艦を置いて他にない、と思えた。

 あの力場による防御と欺瞞にぶつけるのはミリオン級の性能が最適だろう。密かに忍び寄り、防御の穴から一撃必殺の打撃を叩き込めば、敵を倒せる。

 問題はノイマン一隻しかこの場にいないこと、そしてそれだけの打撃力のある兵器がないことだ。

「少佐、今は耐えるべきでしょう。司令部に収集したデータを送って、それでまた別の可能性がこの先にあるはずです」

「このまま奴らを非支配宙域に引き込むのですか? 管理艦隊が総がかりでないと、対処できませんよ。それに敵はあの三隻だけではないと思います。おそらく、連邦宇宙軍の内部でも動きがある」

「司令部は無能ではないのだから、少しは信じなさい。我々には、我々の出来ることがある」

「眺めているのが、できることですか?」

 思わずその言葉に、しかつめらしい顔をやめてクリスティナは笑みを浮かべ、逆にそれをケーニッヒ少佐が訝しげに見返す。

「ちょっとしたやり方があります」

 そう言ってからクリスティナは席を立ち、リコ軍曹とトゥルー曹長を呼んだ。それにケーニッヒも加えて、作戦立案室に入る。クリスティナの指示で、リコ軍曹が次とその次に超大型戦艦が通常航行に戻る座標を、端末の上に表示される。

 こうしてみると、非支配宙域が近い。

「それで、艦長の考えとは?」

 ケーニッヒ少佐の催促に、クリスティナはトゥルー曹長を見た。

「サイクロプスの修理のための部品があったわよね。あれで、一機、作れないかしら」

 ぽかんとしたのはクリスティナ以外の三人に共通した変化だった。

「嫌がらせだけど、何もしないよりはいい」

 はぁ、とまだ事態が飲み込めないトゥルー曹長が返事をして、リコ軍曹とケーニッヒ少佐は無言で視線を交わしていた。



(続く)

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