5-4 無謀な任務

     ◆


 準光速航行の間に、クリスティナはケーニッヒ少佐とリコ軍曹を連れて通信室に行った。

 理由は一つ、管理艦隊への通報である。しかし準光速航行の間にやり取りできる情報量は限られていて、かろうじて音声での通信が可能というレベルでしかない。機密の問題もある。

 それでも状況を伝える必要があった。

 通信の向こうに相手が何人いるか知らないが、受け答えはエイプリル中将の声だった。

「超大型戦艦が三隻? それが非支配宙域を目指していると? 現実的ではないな」

 その返答は予想していたので、リコ軍曹にまとめさせた超大型戦艦の性能の予想と観測でわかった情報を送らせる。その中には超大型戦艦が辿るだろう航路も含まれている。

 通信相手が黙ったので、クリスティナとしても黙るしかない。気楽なことに、データを確認しているんだろう。

 すぐに表情を変えざるを得ないでしょうけどね。そんな思いで、クリスティナはケーニッヒを見たが、彼も同感のようだ。

「火星軍が素通りさせるわけがない」

 苦々しげに、やっとエイプリル中将が口にする。それにクリスティナはきっぱりと答えた。

「ミューターと力場発生装置の併用で、火星駐屯軍の目を誤魔化すことが可能です。それとケーニッヒ少佐が言うには、火星駐屯軍に敵の協力者がいるようです」

 もう一度、ちらっと少佐を見やると今度は真面目な顔で頷かれた。クリスティナもわずかに顎を引いてみせる。

「それで」

 エイプリル中将が話を先へ進めていく。

「どう対処できるかな、我々に」

 半ば投げやりのようにも聞こえるが、まともな感覚の持ち主なら超大型戦艦と正面切ってぶつかる気になれないのが、当然だった。クリスティナ自身も、あの超大型戦艦と砲撃戦をする気にはなれない。

 正面切って戦わない。そうなれば、騙し討ちしかない。

「肉薄して、魚雷攻撃を行います」

「通常航行に戻った時にかね? ノイマン単艦でか?」

「敵の不意を突くには、ミリオン級潜航艦の能力以外に頼るものはありませんから」

 そうだがな、とエイプリル中将は低い声で言ったが、それ以上の言葉はすぐには出てこなかったようだ。

 今のところ、ノイマンは超大型戦艦を追いかけているが、彼らが補給か整備を行えば、自然と追い抜くことができる。その時には超大型戦艦がどれくらいの頻度で整備を行うかもわかるわけで、待ち伏せを成立させる要素が一つ、加わる。

 通信相手の中将が普段より軋む声を発する。

「三隻を同時に相手取るのは、危険じゃないか、大佐。ミリオン級は今後も必要だし、むざむざ失うわけにはいかん」

 やっとエイプリル中将からの疑問が返って来た形だが、クリスティナにはその言葉は予想のうちの一つで、即答できた。

「うまくやるしかないでしょう。一隻でも撃沈すれば、敵も計画を変えるかもしれない」

「その前にノイマンという脅威を取り除く可能性がある」

「ならこちらは逃げるのみです。私たちは私たちの艦を信用するしかありませんから」

 そうなのだ。クリスティナたちを守ってくれる味方は、至近にはいない。

 艦を守りたい一方で、敵も放置できない。これでは平行線だな、とクリスティナは分析し、しかしどちらに舵を切るにせよ、それは管理艦隊司令部に一任するしかない。クリスティナも、ノイマンも、管理艦隊が運用する道具であるのは、間違いない。

 世界を守るなどという誇大妄想はどこにもなく、純粋に、自分たちの正義を押し付けるだけなのだ。例え敵が死のうが、味方が死のうが。

 エイプリル中将はやっとのことで決断力を発揮し、クリスティナに偵察を命じた。

「いいか、大佐、ノイマンを危険に晒すな。敵の情報を可能な限り、収集するのだ。全体への対処は管理艦隊で行う。きみの情報が確かなら、彼らの方から出向いてくれるようだしな」

 わかりました、と応じて、通信はエイプリル中将の方から「武運を祈る」というありきたりな短い言葉の後に切れた。

「どうやって対処するのかな」

 世間話をするようなケーニッヒ少佐の態度が、今は羨ましいクリスティナである。自分も彼ほど気楽になれればいいのに。

「何かしらの案があるのでしょう。私たちは命令を実行します」

「偵察か。まぁ、それがミリオン級の持ち味ではあるが、力場発生装置による索敵をどうやって切り抜ける? あれは目視でも、エネルギーでもなく、純粋に物体を把握するはずだけどな」

 それが頭が痛い問題の大きなもので、ケーニッヒ少佐が口にするのと同様の困難を、クリスティナもすでに感じていた。

 どうにかして、超大型戦艦を欺く必要がある。

 管理官で会議を開きます、とその場はやり過ごしたが、会議の席でもおそらく結論は出ないと、クリスティナは予想していた。

 それが、意外な形で解決されることになるのは、会議の席でトゥルー曹長が敵には死角があるはずだ、と言い出したことによる。

「死角? それがあったら、あの巨体の一部は丸見えになっているのでは? 力場は全体を覆い、全方位をカバーするはずでしょう?」

 エリザ曹長の指摘に、トゥルー曹長が応じる。

「艦の周囲を力場で覆って、光線を捻じ曲げているわけだから、どこかに継ぎ目があると思います。そこでだけ、像はわずかに歪んで、それは補正のしようがないんじゃないかと思っている、という甘い見通ししかないのですが。そして継ぎ目だけは、力場の乱れがあって、索敵が不完全になる可能性が高い」

 そんなことがあるか、とクリスティナはまじまじとトゥルー曹長を見るが、彼女自身も自信はないようだった。視線が定まらない。

「調べるしかないですね」

 そういったのはドッグ少尉で、継ぎ目を探る以外に手段はないと、彼は意思を表明したようだった。

 この想定される力場の継ぎ目を狙うのは、攻略法というより、机上の空論というべきかもしれない。しかし時間はなく、情報もない、それが今のノイマンの置かれた状況だった。

 懸命の情報収集と分析、解析が行われて、数日が過ぎ、超大型戦艦が準光速航行から離脱したのは、確かに火星の至近だと判明した。しかし火星駐屯艦隊の索敵網は一部が機能していない。詳細はわからないが、火星駐屯軍から離反する動きを見せた艦隊があり、小規模な戦闘になっているらしい。戦闘にならなかった場合もあり、それは脱走とその追跡、という形に見える。

 それがリコ軍曹の報告でわかったのは、即急に組み立てた千里眼システムを使った仮設の監視網が、逆に火星駐屯軍の艦船の観測装置から情報を掠め取っていたことによる。彼ら自身の目を借りて、ノイマンは火星駐屯軍のおおよそを監視下に置いていた形になった。

 その密やかな監視の中で軍の戦闘艦一隻と輸送船が二隻、超大型戦艦三隻と接触したが、それ以外に動きらしい動きはない。

 敵に協力する味方がいるのはわかっても、今は手の打ちようがない。何にせよ、このタイミングでノイマンは待ち伏せするのに最適だろう座標を導き出すことには、成功した。

 ノイマンが超大型戦艦を準光速航行で追い抜き、待ち伏せができるはずの座標で準光速航行を切り上げた時、まだ艦内では超大型戦艦のわずかな隙を探る作業が続いていた。

 現在の宙域に超大型戦艦がやってくるまで、長くて五日とされていた。

 時間は無情に、進み続けた。



(続く)

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