5-3 きわどい勝負

     ◆


 無事だったミサイルが囮装置を放出し、それが自走し始める。

 クリスティナとしては、それに望みを託すのは無謀というものだった。敵の超大型戦艦はこちらをほとんど捕捉している。

「装甲に破損があります」

 トゥルー曹長の冷静な声もいつもとは少し違う。

「第三十九、四十、四十一に乱れがあります」

「補正して隠蔽を維持して。リコ軍曹、第七艦隊の動きは?」

「第七艦隊はノイマンの発した兆候を察知したようです。緊急展開の手順の通りに、こちらへ全軍で向かっています。準光速航行で本隊の先頭が到着まで最低でも十三分です」

 冷静になるように自分に言い聞かせ、思考を巡らせる。

 現時点でノイマンは力場に確保されつつあり、それを脱出する手段はない。敵はノイマンの位置を把握し、逃がす気もない。そして敵は、姿を隠している。

 まったくの不利でありながら、一つだけ、ノイマンがつけ込める隙がありそうだった。

 きわどい賭けだが、今はそれに頼るしかない。

「電磁魚雷を準備して、ドッグ少尉」

「力場に潰される可能性があります」

「構わないわ。今は時間が欲しい」

 アイマムと返事があり、クリスティナは指示を出して二本の魚雷を発射させた。

 回頭する余地はなく、魚雷はミサイルほど器用ではない追尾システムで、超大型戦艦がいるだろう場所へ誘導させる。

 しかしこれは失敗で終わった。二本の魚雷は力場にすり潰され、高出力の電磁波を無駄に、不完全に撒き散らした。

 ただ、わずかにノイマンへの力場による拘束が緩む。

「ドッグ少尉、電磁魚雷を再装填。残弾は?」

「あと六本です」

 どうにかなるかもしれない、とクリスティナは考えながら、三本目と四本目の魚雷を発射させる。

 今度こそ完全に、ノイマンに対する力場による拘束が解ける。

「エリザ曹長、スネーク航行で推力全開。距離をとって」

 返答があり、ノイマンが静かに、密かに移動を再開するが敵も黙っていない。リコ軍曹からの報告。

「力場が周囲を精査しています。捉えられます」

「電磁魚雷を用意」

 そう口にしながら、おそらくもう拘束はないだろうと、クリスティナは計算していた。

 超大型戦艦が運用している、大規模な力場発生装置は驚異的だ。ありとあらゆる攻撃を物理的に拒絶できるし、索敵にも転用が可能らしい。

 なのに一つだけ、力場発生装置が使えない場面がある。

「おかしい……」

 リコ軍曹がつぶやき、クリスティナを振り返る。

「力場が消えていきます。敵艦、目視可能になります」

 何もない場所から、ゆっくりと超大型戦艦が姿を表す。威容としか言えない、巨大すぎるそれは何度見ても想像を超えている。

 その像が一瞬で消えた。

 やっとクリスティナは息を吐くことができたが、まだ何も終わってはいないと思うと、集中をとくわけにはいかない。

「トゥルー曹長、艦の状態を即急に調べて。準光速航行で超大型戦艦を追尾します。リコ軍曹、発信器と虫ピンを頼りに敵の航路を割り出して」

 それだけ指示を出したところで、ケーニッヒ少佐が「そういうことですか」と呟く。

「高出力の力場発生装置で空間を捻じ曲げて姿は消せても、その状態では力場が影響して準光速航行は使えない。だから一度、力場を消したんだ。艦長はそれを推測していましたね」

「一応ね。しかし危ないところだった」

 艦長席の受話器が音を立て、取り上げると機関管理官のアリス少尉からだった。

 循環器は正常に作動しているが、一部の血管に歪みがあるという。血管はミリオン級の改修でも、相当に手が加えられているが、やはりあの力場は強力な兵器だ。

 アリス少尉と今後の打ち合わせをして、クリスティナが受話器を置くと、リコ軍曹から報告があった。超大型戦艦は準光速航行で火星軍の管轄である宇宙基地のすぐ至近を通過するが、おそらくそこで通常航行に戻るだろう、というものだった。

「電子頭脳のシミュレーションでは、推進器の限界ということです。あまりにも巨大で、出力不足か、そうでなくても点検が必要と予測されています」

「なら、追尾しましょう。火星軍というのは、連邦宇宙軍の一角ね?」

 そうです、と応じたリコ軍曹が火星周辺の勢力図を見せ、予想の離脱地点にある宇宙基地が、東南アジア連合の基地だとわかった。

「ややこしいことになったな」

 そうケーニッヒ少佐が呟くのに、クリスティナは視線を向けた。ケーニッヒ少佐が肩をすくめる。

「図らずも反乱勢力が動き出すと思います。大脱走です」

「超大型戦艦を、非支配宙域まで補給や護衛する艦隊が出てくるというの?」

「おそらく、最初は脅迫されたとでも言うでしょう。あれだけの戦力を前にして、怯えないのは艦長くらいです」

「そんなお世辞はいりません。少佐、対策は?」

 そう、と当の少佐が顎を撫でる。短い沈黙があった。

「こちらが先回りすることは追跡行では物理的にできませんから、火星を通り過ぎて、待ち構えるべきでしょう。不本意ですが、敵が通常航行に戻ったところを、攻撃するしかない。ノイマンの隠蔽性能を発揮して、です」

「火星の反乱はどうするつもり?」

「今は超大型戦艦を狙うべきです。あれだけは、大きな問題になるのでは?」

 クリスティナはケーニッヒ少佐と視線をぶつけ、真意を探ろうとした。しかし、よくわからないまま、結局は彼の決断を支持することにした。

 リコ軍曹から第七艦隊が到着する旨が告げられる。

「リコ軍曹、予測できる超大型戦艦の火星の先の息継ぎの座標を把握して。ノイマンはそこへ潜んで、反撃を狙います」

 了解です、とリコ軍曹が答える。

 それから第七艦隊がやってきたが、ノイマンは完璧に姿を消しているため、至近にいながらも察知されなかった。ミューターで完璧に存在を消して、ノイマンは準光速航行を起動した。この時、目視ではノイマンは露出したのだが、幸運が味方したようだった。

 ノイマンは地球を離れ、火星より先にある次なる戦場へと向かっていくことになった。



(続く)

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