5-2 化かし合い

     ◆


 回頭しています、というリコ軍曹からの言葉に、クリスティナは思考を終える時を感じた。

 これ以上を考えていても仕方がない。

「リコ軍曹、虫ピンは使える?」

 はい、と返事があった。

 虫ピンというのは俗称で、ノイマンに搭載されている出力モニターの機能の一つだった。

 本来的には空間ソナーとの連携として行われるが、感じ取れるエネルギーの性質を詳細に把握し、それに虫ピンを指すように、唯一無二の目印を打つことができる。

 この仕組みの優秀なところは、物理的な発信器をつけるのではなく、艦船が内包しているエネルギーの特徴を捉えるので、接触の必要がないし、距離さえもある程度は無視できる。

 クリスティナとしては、このまま超大型戦艦を追跡するより、他に選択肢はなかった。

「連邦宇宙軍に通報するべきでは? 艦長」

 ケーニッヒ少佐の助言に、クリスティナは頷いたが、しかし今、どこの艦隊が動けるだろう。手元のモニターで周囲の連邦宇宙軍の艦船の配置を確認する。

 近衛艦隊のうちの一つ、第七艦隊がすぐそばに駐留しているが、事態の重大さに気づいているようではない。ただ、宇宙コロニーの崩壊は察知しているらしく、高速艦が一隻、こちらへ向かっているのがわかった。

 到着までは、早くてもおおよそ十五分か。長いな。間に合うだろうか。

 超大型戦艦が準光速航行で離脱する可能性が高い。しかし高速艦の索敵能力で、どれだけ超大型戦艦の痕跡が発見できるか、そこも問題だ。

 ノイマンの存在を明かすべきか。ただ、余計な混乱を招くかもしれない。

 不愉快なことに、超大型戦艦が姿を消しているが故に、ノイマンがその存在を訴えても、ではノイマンはどうやってここまで来て、何をしていて、どういう素性なのか、と探られることになるだろう。

 感知できない艦がそこにある、と訴えたところで、艦の存在が連邦宇宙軍に感じ取れないのでは、ノイマンの通報は妄言とされるかもしれない。

 では、こちらの存在を明かさずに、通報するしかない。

 危険すぎる賭けではあるが、やるしかないか。

「トゥルー曹長、装甲のモードをシャドーモードからスパークモードに変える準備を」

「スパークモード、ですか?」

「そう、合図と同時に起動しなさい」

 誰も一言も反論しない。クリスティナの意図を察したのだろう。

 第七艦隊には、何もないはずの空間で強すぎる感が生まれ、それは正体不明の存在となるだろう。放っておけるものではない。記録上、そこには何もいないことになっているのだから。

 ただし、スパークモードを使えば、超大型戦艦は至近に潜んでいる艦がいることに気づく。潜んでいるどころか、存在する座標さえも理解するのが、当然だ。

 彼らはノイマンの海兵隊の小隊の存在は知っている。そう、だから彼らは今も、周囲を探ってはいるはずだ。あるいは連邦宇宙軍ではなく、廃品を漁りに来た宇宙海賊と考えているか。

 超大型戦艦がコロニーから現れたのは、ノイマンの海兵隊員の存在がきっかけであるわけだから、彼らもどこかに、所属はどこにせよ、船がいると考えないわけがない。

 それに加えて、ミリオン級の情報も知っているはずだ。チューリングの件を考慮しないわけにはいかない。

 あとは化かし合いになるのだろうか。

「トゥルー曹長、用意は?」

「完了しています」

「リコ軍曹、超大型戦艦の動きは把握していますね?」

「回頭を終えたようです。虫ピンは敵の反応を固定しています」

 クリスティナとしては、超大型戦艦がおそらく準光速航行を起動するだろうから、その寸前を狙いたかった。時間を稼ぐ必要がある。

「リコ軍曹、敵の機関の出力の上昇のタイミングを教えてちょうだい」

「反応が微弱で、確信が持てません」

「まだ誰も何にも確信が持てないから、気にする必要はないわ」

 了解です、と返事がある。

 それから二分ほどでリコ軍曹から出力の上昇の傾向が告げられた。

 クリスティナは覚悟を固めた。

「トゥルー曹長、スネーク航行を停止して、装甲をスパークモードに変えて。一秒です。それからもう一度、即座にシャドーモードへ戻すように」

「スネーク航行、停止。装甲モード、変化させます」

 やはり乗っている乗組員にはよく理解できないが、この時のノイマンははっきりと存在を示したはずだ。

「装甲のモードをシャドーモードに戻しました。スネーク航行、再起動中です」

 そのトゥルー曹長の言葉に、リコ軍曹の声が重なる。

「敵からの力場が周囲を撫でていきます」

 ぐらりとノイマンが揺れて、クリスティナは肘掛をつかみ、横ではケーニッヒ少佐が姿勢をやや乱した。

「力場ネットがこちらを半ば捕捉しています。焦点が合っていきます」

 リコ軍曹の報告に、クリスティナはドッグ少尉に指示を出す。

「能動式囮装置をミサイル発射管一番二番から発射して、ドッグ少尉」

「力場の影響でコントロールが難しいですが、実行しますか?」

「実行して。先に偽装発信器も艦から分離して。そちらはタイミングは任せます」

 返答がすぐにあり、メインモニターの中で偽装発信器が二基、放出される。これはノイマンに見せかける、微弱な感を空間ソナーに与えるものだ。発射するつもりの囮装置のような自走機能はない。

 能動式囮装置も偽装発信器も、本来はノイマンが座標を離れる時、自分がまだそこにいると見せかけるための装置だった。

 今、ノイマンは再起動したスネーク航行で、現場を離れているが、敵には正体不明の艦らしきもの、艦かもしれないものがノイマン本体と偽装発信器の、合わせて三つが見えていることになる。それでも力場による索敵が行われれば、すぐに露見してしまう。

 それまでのわずかな間が重要だった。

「力場の焦点、わずかにずれていきます」

 リコ軍曹の密やかなその言葉に重ねるように、クリスティナはドッグ少尉にミサイルの発射を命じた。

「囮装置、一番、二番、発射します」

 二本のミサイルが発射されたが、直後、至近で一つが爆発する。力場に押し潰されたのだ。

 ノイマンが激しく振動し、メインスクリーンにある艦の状態を示すウインドウに、赤い表示が同時に五つ、浮かび上がった。



(続く)

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