第5話 決死圏
5-1 超大型戦艦
◆
クリスティナは海兵隊員を回収するべく、宇宙コロニーだったものの一部に艦を寄せさせながら、じっと超大型戦艦を見ていた。
それ以外には呼称のしようのない存在だった。
とにかく巨大だ。目的はなんだろうか。巨艦巨砲が有利に働く、という事態は今までの宇宙では起こっていない。
実際のところ、観測されてる超大型戦艦の武装は、見たこともない大きさの二連粒子ビーム砲が全部で八つ、計十六門ある以外は、特筆すべき新規の特殊な火力がないようだ。当然、多数の魚雷発射管やミサイル発射管を備え、対空防御の用意としての大小の火砲も備えているだろうが。
「知らない装備がありそうだ。見えないところに」
ケーニッヒ少佐の言葉を、クリスティナは首肯した。
「これだけ大きな艦だから、出力も桁違いでしょう。ミューターのような新規の装備があってもおかしくないし、むしろその新装備の出力を得るための大型化かもしれないわね」
「近衛艦隊は何をしているんでしょう。大出力空間ソナーで把握できるはずだ」
「それを考慮すれば、空想ではなく実際に、少なくともミューターは機能しているのでしょう。私たちが彼らを把握しているのは、目視ですからね」
「なら今頃、地球のアマチュア天文家がこれを見ているわけだ」
そんなやり取りの間に、海兵隊員四名の回収が完了した。一名は行方不明で、通信が繋がらないままだった。こうなっては生存は絶望的だった。それにこれ以上、人探しをする余地はない。
「どこへ行くのかな」
口元を撫でつつケーニッヒ少佐が言うのに、クリスティナはメインスクリーンに向けている目をわずかに細めた。
「地球の大都市を破壊し尽くしてもお釣りがきそうだけど、そんなことはしないでしょう。都市の一つや二つを破壊しても、結局は巨大な地球連邦なりに包囲されている形になるから」
「地球連邦を解体するように迫る手もある」
「なら連邦は話し合いでもして時間を稼いで、結局は彼らが包囲されるように持っていく手が使えるんじゃない?」
「では、このまま非支配宙域へ向かうと?」
その疑問に即答できないのは、超大型戦艦がミューターで空間ソナーによる探査を無力化しても、今のままで姿を見せてるのでは、結局は捕捉されてしまうからだ。
これだけ派手に目立っているのに、さて、どうやってこちらの、詳細な捕捉を抜けるのか。
そして管理艦隊はもちろん、連邦宇宙軍も本気でこの化け物を討伐しようとするだろうことは確実だが、そうすんなりといくかどうか。
目の前に三隻があるが、どれだけ巨大で、どれほど優秀でも、最終的には数には勝てない道理ではある。
敵には次の手があるはずなのだ、何か、次の一手が……。
「正体不明艦の中での出力の上昇を出力モニターが確認しました」
リコ軍曹が宣言する。
「準光速航行ということ?」
「判然としません。しかし準光速航行が可能でしょうか? あまりにも巨大で、推進装置への負荷が強すぎます。それに構造自体の耐久力も求められます」
「軍曹、希望的観測でものを言わないように」
リコ軍曹が謝罪の言葉を口にしようとしたが、それより先に光景に変化があった。
「消えていく……」
つぶやいたのは、ケーニッヒ少佐だった。
超大型戦艦の像が歪んだかと思うと、そのままその輪郭がぼやけ、徐々に姿が失われていく。まるでそれは、宇宙に溶け込んでいくようだった。
これは、準光速航行を起動した時の消え方ではない。
「リコ軍曹、空間ソナーと出力モニターの反応を報告して」
「空間ソナーの反応は依然、消えています。ミューターによる妨害だと思います。出力モニターは正常に作動中。微弱ですが先ほどと同じ座標に感があります。海兵隊が設置した発信器も生きています」
「なら、なぜ姿が消える?」
代表するようにケーニッヒ少佐が呻くように口にするのに、トゥルー曹長の報告が重なる。
「本艦に正体不明の負荷がかかっています。強力な力場です!」
力場!
クリスティナは気付いた途端、愕然としていた。
それでも命令を出す。急がなくては、危険かもしれない。
いや、間違いなく危険だ。
「エルザ曹長、超大型戦艦が消えた座標から遠ざかって。スネーク航行の最大出力で。座標は任せます。トゥルー曹長、シャドーモードを万全にして、ミューターでこちらの姿を完璧に消すように」
それぞれから返事があり、ノイマンは動き出したが、それと同時に周囲に変化がある。
ついさっきまで廃棄されていたことになっていた宇宙コロニーだったもの、その残骸が、一方向へ向かって宇宙を移動し始めたのだ。ノイマンはそれに逆らうように移動している形だった。
エルザ曹長が繊細な操艦で漂う無数のデブリを避けていく。
「艦への負荷が増大しています、艦長。速力と正体不明のベクトルで、艦に不規則な負担が発生しています」
「今は逃げるのみです。トゥルー曹長、そのまま艦のモニタリングを続けなさい」
それからの三十分間が山だった。一度ならずノイマンは小刻みに揺れ、軋みさえした。
しかしそれもなくなり、やっと通常の静けさが戻ってきた時、誰もが安全を理解した。
「超大型戦艦を観測できる? リコ軍曹」
「目視では不可能です。空間ソナーも機能しません。わずかなエネルギーを出力モニターが捉えていますが、中型船程度の反応です。発信器は問題ありません、機能しています」
さっきのはいったい何ですか? とケーニッヒ少佐が訊ねてくるのに、クリスティナは、推測だけど、と前置きして説明した。
「あの超大型戦艦には、力場発生装置が積まれているのでしょう。連邦宇宙軍でも力場ネットなどという呼ばれ方で、逃走しようとする船を確保するのに使われる装置があります。それを大出力が上に大出力にしたものが搭載されているのだと思う」
「それをノイマンは振り切った?」
「馬鹿なことを言わないで、少佐。さっきの力場は副作用のようなものです。本当にノイマンを捕まえる気になって、力場が照射されれば脱出など不可能です」
「ではさっきのは何故、逃れられたのです?」
ケーニッヒ少佐に視線で促され、クリスティナはやはり推測ながら、答えた。
「超大型戦艦は、姿を消すために空間を歪めるという反則を実行するための装置を積んでいます、私の感覚、直感だけど、ほぼ間違いなく。きっと力場発生装置の超大出力版で、その能力の転用でしょうね。さっきのノイマンへの負荷は、超大型戦艦が姿を消すための力場の余波です。それでも平然と無視できる余波ではなかったけれど」
そんなのは反則だよ、とケーニッヒ少佐がぼやき、髪の毛をかき回す。
クリスティナとしても、この巨大な敵をどうするべきか、思案するしかない。
蛇を出す気が無くても、蛇は出てきてしまったのだ。
それも、大蛇が。
(続き)
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