4-9 檻を出る

     ◆


 待て、とバトン中尉が言ったが、もちろん相手に言ったのではなく、部下を制止したのだ。

 反応は早い。全員が身を潜め、同時に周囲を警戒する。

 バトン中尉のヘルメットのカメラが相手を拡大し、リアルタイムで映像に補正がかかる。

 明かりを持っているのは、船外活動用の作業服を着た二人組で、何かの見回りらしく、周囲を手にした灯りで照らしている。

 それを見て、あれはただの明かりじゃない、とリコは気付いた。

 動体検出用の探査装置だ。

「中尉、動くと露見します」

「わかっているよ、軍曹。検出装置だ」

 強い口調で返事があるが、実際の中尉たちはまさしく身動きひとつできない状況である。

 二人組が視界から消えたが、今度はすぐ背後を別の二人組が通り過ぎていく。

 どうやら警備は万全らしい。

「中尉、脱出するべきではないですか?」

 平静を意識しての発言でも、リコの声はやや震えた。

「発信器を取り付けたい。できれば全部に」

 平板な声で中尉がいうと、自分を含めた五人を三隊に分ける指示を出す。軍曹と伍長の組と、曹長と兵長の組、そしてバトン中尉は一人だ。

 それぞれが超巨大艦の一隻ずつに発信器を取り付けるという。

 無謀です、と言いたかった。一番奥の艦まではあまりに距離がある。見つからなければいい、などという楽観はとてもできない。

 にも関わらず、平静と変わらないバトン中尉や彼の部下たちのやり取りする言葉にある、不思議な力が、不可能を可能にするように思えた。

 愚かな思い込みだろうか、とリコは自問したが答えは出ない。

 海兵隊員たちは散って、それぞれに警備している何者かをやり過ごしていく。

 リコとしても緊張する時間が続いた。

 まず一番手前の艦に発信器を取り付けることに、軍曹と伍長の二人が成功した。バトン中尉が、二人に脱出路の確保を命じる。

 ただ、穏当に済んだのはそこまでだった。

 唐突に銃火が瞬き、火花が散る。

「見つかりました、中尉。反撃の許可を」

 声は曹長からで、兵長の荒い呼吸をマイクが拾っていた。

 リコは状況をおおよそ把握していて、バトン中尉は自分が担当する艦までたどり着けてはいないが、目と鼻の先にそれはある。

「反撃を許可する。敵は多そうだな。分断して、各個撃破できそうか?」

「やってみます。中尉は戻ってください。危険です」

「いや、発信器をつけて、別の経路を探して脱出する」

 そんな短いやり取りを仲間内で素早く交わすと、バトン中尉は部下に、部下たちのための脱出経路の確保を確認し、奥へと進んでいった。

 銃声はヘルメットに遮られて聞こえないとしても、銃撃による光の瞬きはバトン中尉には見えているだろう。しかし彼がほとんど振り返らないことに、リコは気付いた。

 仲間への信頼だろうか。

 しかし、そんなことがあるのか。

 彼らが、彼自身も部下も命の危機、その瀬戸際に立っているのに、この中尉は、気にもしないのか。

「冷血だと思うよな、軍曹」

 リコに通信が入る。バトン中尉からだ。

「しかしこれも仕事さ。一人一人が命がけで、自分のやるべきことをやる。俺の仕事はまだ始まったばかりだ」

 銃撃を受けてから二十分後、バトン中尉は自分が担当した艦にたどり着き、発信器をつけるのに成功した。

 不思議なことに銃撃は五分前にピタリと止んでいる。こうなると静寂は逆に恐怖を引き連れているようにリコには思えた。

 海兵隊員たちも、弾薬の残量を気にしていたので、この不自然な戦闘の停止は自分たちが生き延びることに直結している一方で、不気味であるのに変わりはないだろう。

 状況が確認される。リコからの報告で、脱出予定地点に集まった部下が全員、無事だと知ってバトン中尉は安堵したようだった。声でわかる。

「帰るとしよう、敵が休んでいる間に」

 冗談混じりにそうバトン中尉が言った途端、それは起こった。

 カメラの映像が激しく揺れている、というのがリコの第一感で、それはバトン中尉が頷いているのか、とも思ったが、すぐに不規則な揺れになる。何かに掴まれ、とバトン中尉が言ったことで、コロニー自体が動いているのだと、リコもやっと理解できた。

 モニターから顔を上げ、ノイマンの観測装置でコロニーそのものを確認する。

「コロニーが」

 リコは自分が見ているものが信じられなかった。

「割れて、行きます」

 メインスクリーンを発令所の全員が見つめていた。

 廃棄コロニーであるエコーも、他のコロニー同様、巨大な筒状をしている。その筒が四つに割れていくのだ。その四つがそれぞれ二つにさらに割れた。

 まるで何かの蕾が開く、そうでなければ蛹が破れるような、そんな印象だった。

 耳元でノイズが走り、バトン中尉との通信が途絶したのを、リコは知った。慌てて端末を操作するが、五人の海兵隊員の全ての生命反応が「接続不能」になっている。もし生命反応が途絶え、その上で回復の見込みがないと判定されれば「死亡」と表示されるから、今は通信状態のせいで確認が取れないのだろう。

 この間にもコロニーだったものはバラバラに宇宙を漂い始め、その奥から超巨大艦が姿を現していた。

 全部で、やはり三隻。廃棄コロニーの中にあったものは、三隻ともが完成していたのか。

「まるで宇宙基地だわ。しかしこんな艦は、見たことがない」

 呆然としたクリスティナ艦長の言葉の通り、連邦宇宙軍の重戦艦をはるかに超える巨大な構造物は、小規模の宇宙基地に近い。

 しかしこの正体不明艦は露出している無数の火砲を見れば明らかに攻撃的で、戦闘を前提にしている。あるいは、超大型戦艦、とでも呼ぶべきかもしれない。

「エルザ曹長、デブリに気をつけて、距離をとって。リコ軍曹、正体不明の艦の解析を」

 艦長からの指示にエルザ曹長は答えたが、リコはすぐに答えられなかった。

「海兵隊員が行方不明です、艦長」

 どうしても声が震えた。

「優先順位があります」

 それは非情な決断だ。リコはどうにか自分に、自分が軍人であることを理解させ、指示に従った。

 正体不明艦に対して空間ソナーが精査を行い、その上で出力モニターが内包するエネルギー量を掌握する。さらには海兵隊員が取り付けた発信器の状態も確認した。

「へい、軍曹」

 いきなり通信が入り、リコは危うく悲鳴を上げそうになった。

 バトン中尉からだった。一人、また一人と通信がつながっていく。

「艦長、海兵隊と通信が回復しました」

 ほっとして報告するリコに、艦長は頷く。

「彼らを回収します。リコ軍曹、座標をエルザ曹長に伝えなさい」

 了解、と答えて、リコは端末を操作し始めた。



(第四話 了)

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