4-8 潜入と調査

     ◆


 海兵隊員は細身の戦闘服を着て、ヘルメットをかぶっている。

 これは宇宙での船外活動にも対応しており、海兵隊員たちは器用に何もない空間を滑り、コロニーへ向かっていく。十分な訓練がリコにも見て取れた。

 データベースにあった作業用の出入り口に向かっているのだが、今のところ、コロニー側からの反応はない。人間一人などは、空間ソナーではノイズに近いはずだ。

 先頭の兵士が取り付くのが、リコにはよく見えた。彼女はこの時、五人の行動をモニターしていた。心拍数や血圧から始まり、カメラにより彼らが見ているものさえも把握していた。

 ハッチの開閉レバーはかなり固いようだが、倒すことができた。

 扉がわずかに開き、それを二人がかりで開けた。

 内部の様子がリコにも見える。通常の映像では何も見えないが、海兵隊員がカメラのモードを変えると、侵入者対策の警報装置が照射する、動き続ける赤い光線が現れる。

「こいつは臭いな」

 そんなことを海兵隊員の一人が呟く。

 彼らは独自の装備の小型端末を壁にあるソケットに接続する。古い端子にも対応できるように、海兵隊員は複数の変換端子を持っているのが、リコにはカメラの映像で確認できた。

 接続された端末が起動し、ほんの数秒で赤い光線の動きが止まり、ふっと消えた。

 行くぞ、とバトン中尉の声。どうやら警報装置を無効化したらしい。

 リコの前に映し出される通路は、埃が大量に漂い、煙っているように見える。壁も床も天井も破損が激しく、とても人が出入りしているようには見えない。

 本当にコロニーが補修されているわけではないのが、逆の形で証明できるかもしれない。もっとも、今、バトン中尉たちがいるところが後回しにされている可能性があるが。

 この時、海兵隊員のスーツに内蔵のカメラの映像は発令所のメインモニターにも映っている。誰もが口を閉じ、呼吸さえ抑え気味にしている。

 やがてバトン中尉はコロニーにいくつもある管理室の一つにたどり着いた。ここまで、積極的な妨害は受けていない。

 例の端末でドアのロックが解除され、一人が通路に見張りで残り、四人が中に踏み込む。

 室内はやはり無重力で、ゴミが浮いている。保存が効く飲み物のパックや食べ物の入っていた袋だった。誰かがここにいたのは間違いない。袋のいくつかを手に取り、海兵隊員が賞味期限を確認している。

 その表示を見て、リコも頭の中で逆算した。

 幅はあっても、つい最近から三ヶ月前までに開封されたようだ。宇宙食の中でも、新鮮さが売りの製品だったから、それだけの範囲に収まる。良いものを食っているな、と呟いて、海兵隊員は袋を捨てた。無重力なので、袋はゆっくりと漂う。

 備え付けの端末の方では、情報の確認が進んでいる。

 そこにあったデータはほとんど意味をなさない、過去にエコーが宇宙コロニーとして活用されていた時期の、保守点検の履歴だった。住民の個人情報などはない。退去した時、消去したのは自然な行動だ。

 最新のデータを、海兵隊員が素早く呼び出す。

 そこでわかったことはエコーは補修を受けていないのではないか、というほぼ確信に近い疑惑だった。

 最初の推測から一歩も前進していないが、半歩くらいは前進していると言える。主張を補強する情報は手に入ったからだ。

 その部屋の端末では、エコーは未だ無人の巨大すぎる廃棄物で、全く手が加えられていないことになっている。

 つまり物資の搬入後の補修の情報が見当たらない。

「発令所、聞こえているか?」

 バトン中尉からの通信。

「これより内部空間に潜入する。フォローを頼む」

 許可します、とクリスティナ艦長が告げ、リコはバトン中尉とその部下に廃棄コロニーに関するデータを渡していく。電子頭脳が探し出した地図を使って、ここからは道案内をリコがするのだが、古いデータに基づいたものなので、実際はわからない。

 五人が通路を抜けるのに時間がかかるのは、それだけ警戒しているからだが、罠は四つの対人地雷と、自動で侵入者を射殺する粒子ビーム銃座が二つあるだけだった。どちらも海兵隊員たちは破壊せずに無力化した。

 さすがにプロだ、とリコは感心してしまった。彼らは驚くことも、慌てることもなく、淡々と仕事をしている。

 これなら大丈夫だろう、などと、不吉な何かを退ける想像をするリコである。

「内部に通じるハッチに辿り着いた。開けるぞ」

 海兵隊員の一人が巨大な輪のようなハンドルを回し、ゆっくりとハッチが開いた。

 誰かが、嘘だろ、と口にした。

 リコは、事前に電子頭脳が盗み出した映像が現実だと知り、そして海兵隊員の誰かのように、嘘、と呟いていた。

 そもそも宇宙船や軍艦は見上げるほど大きい。

 大きいが、今、海兵隊員が目の前にしている船の巨大さは、大きいという発想を超えている。

 ふり仰げは高層ビルを見上げるような錯覚がある高さと、人工物とは思えない、何か、巨人でも寝ているような圧倒的な奥行き。

「調査を続行する」

 バトン中尉が淡々とした声で宣言し、海兵隊員たちは周囲を警戒しながら、奥へ進んでいく。

 言い知れぬ不安がリコの胸中に生まれ、大きくなっていく。

 背後ではクリスティナ艦長とケーニッヒ少佐が巨大な構造物に関して意見を交換している。連邦宇宙軍の中でも最大の船は重戦艦と呼ばれる型で、しかし今、メインモニターに映っているのは、重戦艦をはるかに超える大きさだ。そんなことを二人は言い合っている。

 リコはそれを頭の隅に置きながら、海兵隊員たちを見守り続けた。

 そして静かな時間は、唐突に小さな明かりが揺れたことで、破られたのだった。



(続く)

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