4-7 海兵隊の中尉
◆
ノイマンに乗り込んでいる海兵隊員は、実際的には管理艦隊の海兵隊員ではないと、リコたち管理官は知っていた。
管理艦隊の中でも情報軍と呼ばれる部局の兵士たちが、ノイマンには乗り込んでいる。
情報軍というのは俗称で、実際には海兵隊所属情報特化隊が正式名称になる。
彼らの存在は管理艦隊でも秘匿されていて、リコも管理官になるまで知らなかった。海兵隊員は海兵隊員、という認識しかなかったのである。
その海兵隊員ではない海兵隊員は五人が乗り組み、四人を一人の士官が率いてる。
士官はバトン・スパルタン中尉。
彼は管理官たちの会議に出席することがなく、リコはたまたまバトン中尉と話をした時、その理由を聞いていた。
クリスティナ艦長がバトン中尉の階級の力を考え、中尉から艦の運用や任務への意見を口にする機会を取り上げた、とバトン中尉その人がリコに言ったのだった。もちろん、冗談の口調でだ。
そんな馬鹿な、と答えに窮したリコの顔に心のうちが出たのだろう、気の良さがはっきりと見えるバトン中尉が、信じなくてもいいぞ、と言ったのが、リコには印象深い。
リコとバトン中尉の出会いは、この任務が始まった最初期に起こった、純粋な偶然だった。
空間ソナー室で、試験的に全方位表示の仕組みを実験した時、慣れない映像に具合が悪くなり、医務室へ向かった時だ。
酩酊したような状態になり、低重力の通路でふらついたリコが全くの不注意で足を挫いたのは、今になってみれば軍人にあるまじき失態だったが、挫いたのは事実だった。
「大丈夫か?」
そこへたまたまやってきたのが、バトン中尉だった。片手には飲み物のボトルを持っている。サイボーグ用の飲料の表示がボトルにはあったのがよく見えた。
「具合でも悪いのか」
顔の造りはやや剣吞だが、そこに好感の持てる笑みを浮かべ、バトン中尉が腰をかがめる。
「足を捻ってしまって」
「良いだろう」
何が良いのか、などと聞く前に、腰に腕をまわされ、ものすごい力を立ち上らされていた。リコはほとんど足に力を入れておらず、片腕でバトン中尉が彼女を抱え上げている形だ。
この人は本物のサイボーグだ、とリコは理解し、サイボーグの乗組員は限られる、とすぐ思考が巡った。一部の機関部員か、そうでなければ海兵隊員だ。
初めて見る顔、ではないはずだが、馴染みもない。
「このまま医務室まで連れて行こう、軍曹」
平然とそんなことを言って、結局、バトン中尉はリコを医務室まで連れて行ってくれた。
女性の軍医シャーリーはリコの足首に治癒力を促進するジェルを塗りながら、医務室を出ていかない長身のサイボーグの中尉を見て言ったものだ。
「中尉、見ていても彼女の怪我は治りませんよ」
そう女医に言われても、バトン中尉は頷いているだけで、動かなかった。
それどころか、ゆっくりと口を開き、まさに自分が管理官の会議に呼ばれない理由を話したのだった。シャーリー女史は微笑みながら、批判的な意見は何も生みませんからね、と釘を刺していた。
「あの艦長は信用できるがね。俺たちを使う時も、ちゃんと使ってくれるだろう」
それがバトン中尉の返答だった。
治療が終わり、足首にサポーターがつけられたリコを、バトン中尉は彼女の部屋まで送ってくれた。
「ありがとうございました、中尉」
部屋の前で礼を言うリコに、バトン中尉は鷹揚に頷く。
「俺たちの出番まで、船が沈んだり、任務を切り上げるようなことがないようにしてくれよ」
「物騒なことを言わないでください」
「物騒な場面こそが俺たちの働きどころさ」
そんな言葉を残して、バトン中尉は去っていったが、それから何かの折にリコはバトン中尉と食事をしたりしたのは、彼の発言の幾つかが心に引っかかったからだ。
自分たちが何かの道具であるような発言や、どこか戦いを望むような発言。
しかし投げやりではなく、淡々としているのが、やはりどこか違和感であり、興味を惹かれる。
火星に到着する数日前、リコはやはりバトン中尉と遭遇し、リコの方から食事に誘った。二人は数分後には食堂の片隅で向かい合っていた。
「やっと火星か、長い旅だ」
そう言いながら、バトン中尉はサイボーグ用のペーストをやはりサイボーグ用のクラッカーに塗りつけている。
「でも、きっと中尉の出番はありませんよ」
冗談混じりにそうリコが答えたのに、それならこれは旅行みたいなものか、とバトン中尉が笑みを見せる。
その時からリコには不安があり、願望があった。
バトン中尉とその部下の役目が来るかもしれない、という悲観混じりの想像がまずあり、逆にバトン中尉や海兵隊員は艦の運用には関わっていないから、ただ乗っているだけで、やることもないだろうという希望的な楽観もあった。
「仕事がないというのも、退屈なものさ」
そう言って、クラッカーを咀嚼するサイボーグが、結局、この時も、そしてそれからも、リコにはよくわかっていなかった。
戦いを望むことは悪いことではないと思う。
でも戦いを好むことは、やや違う。
でも軍人は戦いで生活するものだ。それは海兵隊員でも、索敵管理官でも、変わりはない。
それなのに何かが違うことを、リコは目の前で食事を続ける中尉の向こうに見て、そしてやがて廃棄されたコロニーを前にしても、まさに潜入作戦を行うことになった彼を見ても、同様に感じるのだった。
「やあ、軍曹。通信は良好か?」
目の前の端末に見えるバトン中尉の表情はいつもと変わらない。
「良好です、中尉」
良いだろう、と頷く彼が本当は何を思っているのか、リコにはどうしても、わからなかった。
そのリコにクリスティナ艦長から、海兵隊の状況を常に把握するように指示があり、そして艦長の指示で、海兵隊の五人が廃棄コロニーに忍び込む任務を開始した。
たった五人で挑むには、廃棄コロニーはあまりに巨大に感じられた。
(続く)
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