4-6 箱を前にして

      ◆


 状況を確認して。

 それがクリスティナ艦長の指示だった。わずかにいつもより硬い口調だった。

「ミューター、正常に作動しています。性能特化装甲、シャドーモードを起動中。完璧な隠蔽まで六十秒です。推進装置は停止、スネーク航行のために循環器システムが出力を上げています」

 これはトゥルー曹長の返答。それにリコは続ける。

「空間ソナーでは、エコーの周囲に感はありません。出力モニターは準光速航行の乱れが収まるまで、三十秒です」

 その言葉に続く言葉はない。間を置いて、トゥルー曹長から性能特化装甲が完璧に機能したこと、循環器システムの安定化などが宣言された。

「艦を固定しましたが、よろしいですか、艦長」

 その確認は操舵管理官のエルザ曹長からだ。スネーク航行の推進力を加減し、ノイマンを静止させたということである。

「どうするべきかしらね、少佐」

 発令所には少佐は一人しかいない。珍しいことに、クリスティナ艦長がケーニッヒ少佐の意見を求めている。思わず管理官たちは背後を振り返っていた。

 ケーニッヒ少佐は、じっとメインスクリーンを見ている。

「まあ、まずは待ちでしょうけど、どうもそういう段階でもないですね。リコ軍曹やトゥルー曹長との話し合いを加味すればということですが、直近の大きな輸送船の出入りは一年以上前ですから、すでに資材はあの中に揃っているのでしょう」

「あの中に今も何かある、と少佐は考えているのね?」

「あるかもしれませんし、もうどこかへ送り出されたかもしれない。リコ軍曹、出力ソナーの反応は?」

 声を向けられ、リコは端末に向き直って操作した。そしてその画像をメインスクリーンにも映す。

「コロニーの内部に出力の反応があります。ただ、あまりにも曖昧で、細部がわかりません」

「何故、わからないの?」

 艦長の質問に、リコはどうにか平静に答えた。

「コロニー自体の機関部が生きていて、エネルギーがコロニーを稼働させているのは間違いない事実です。それはエコーが、修復、修繕を施されていることを示してはいます」

「では本当に資材がコロニーの再生に使われた?」

「そうとは断言できません。コロニーを起動して、その内部で例えばレーザー砲台の組み立てを行う、という可能性があります。コロニーは、そのまま造船所に変わっている、という場合です」

 ややこしいこと、とクリスティナ艦長が答え、短い思案の後、より正確な情報を得るために接近するように、エルザ曹長に指示した。

 スネーク航行で、しかも装甲をシャドーモードにしているミリオン級潜航艦による接近は、絶対に露見しないとわかっていても、リコはどんどんと大きくなる宇宙コロニーの威容に、緊張せずにはいられなかった。

 出力モニターは、まだはっきりとエネルギーの反応の分布を解析できない。宇宙コロニー自体のエネルギー的活動が天然の妨害装置になっている。もどかしく、歯がゆかった。

 出力モニターがもっと繊細ならいいのに。

「至近です、艦長」

 エルザ曹長の宣言に、停止して、と艦長が応じ、そして少しの沈黙の後、電子頭脳に音声入力で指示を出した。

 エコーを制御しているコンピュータから情報を引き出せ、という指示だった。情報ネットワークにはつながっていると、すでに判明している。

 リコも聞いているが、チャンドラセカルは独立分子のレーザー砲台を電子頭脳に乗っ取らせたのだ。ノイマンの電子頭脳に同様のこと、同等のことできないわけがない。

 発令所が静かになり、しかしすぐに電子音が鳴った。電子頭脳の返答。

「内部の映像を奪取しました。リアルタイムで引用できます」

 流暢な電子音声にクリスティナ艦長が「メインスクリーンに出して」といえば、電子音声は自然と短い返事を返す。まるで人間だ。

 メインスクリーンにその映像が表示された時、誰もがすぐには理解できなかった。

「こいつはすごい」

 どうにかこうにかといった風に声を漏らしたのは、ケーニッヒ少佐で、彼をしても絶句していたことが如実にわかった。

 映像には、宇宙コロニーの内部が全く作り変えられ、まさしく造船所になっているのが映っている。

 映ってはいても、遠近感がおかしい、カメラのレンズが壊れているのではないかと思うほど、構造も巨大なら、その内部に落ちる影も巨大だった。人間の作業員が一人、歩いているのがチラリと見えたが、まるでサイズが合わない。

「大きいなんてものじゃないですね」

 トゥルー曹長がいつになく力のない声で言う。圧倒されているのだ。それはこの映像を見ているものに共通されるものだった。

「何かの間違いじゃなければ、コロニーの中に三隻しか入っていないことになりますけど、偽の情報をかまされているのでは?」

 そんなことを言うトゥルー曹長に、正確に現実を教えることができる人間は、発令所にはいなかった。

「潜入させるしかないですね、艦長」

 そう言ったのはケーニッヒ少佐で、しかし誰も、艦長さえも、答えなかった。

 リコも少佐の言葉を詳細に吟味する前に、より詳細に、出力モニターで解析するのに必死だった。端末に無数にあるつまみを調整し、精度を上げようとする。コロニーの内部に焦点を合わせようと四苦八苦し、それでも思うようにいかない。

「エルザ曹長、さらに接近して。トゥルー曹長、ミューターに乱れがないように、徹底するように。リコ軍曹、周囲の索敵に集中して」

 二人の曹長が返事をして、リコも応じた。平静な声を作るのに、苦労した。

 ノイマンはより密やかに、宇宙コロニーに接近していく。

 そんな中でも、リコは自分の無力さに怒りさえ感じていた。

 やがてノイマンは停止し、その時でもリコは何の成果もあげられていなかった。

「各管理官は厳戒態勢でコロニーの動きに注意するように。少し外します。ケーニッヒ少佐、ついてきて」

 そうクリスティナ艦長が言い置いて、ケーニッヒ少佐が返事をする声がする。二人は発令所を出て行ったようだ。

 リコはその時もまだ、必死に思うようにいかない装置の精度に集中しようとして、しかし心は乱れていた。

 潜入させる?

 ノイマンに、宇宙コロニーに潜入できる人員は限られている。

 もしものために搭乗している、海兵隊員たちだ。



(続く)

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