4-5 行動開始
◆
会議があり、今後の方針が決定された。
ケーニッヒ少佐が入手した情報によれば、オーストラリアの公営の重工業関係の工場で、宇宙コロニーの補修用資材が製造されたが、その製品には記録と齟齬があるようだった。
実際にはわからないが、コロニー用ではない何かの資材が、宇宙へ送られている。
「廃棄コロニーである「エコー」に、つい二年前まで、大量の資材が送られています」
そう説明したのはリコで、彼女は連邦宇宙局に残る空間ソナーの記録、電子頭脳が集めた情報を組み合わせ、過去の宇宙船の航行記録を視覚化した上で、確かに廃棄コロニーとの間を当時は頻繁に往復していると確信を得ていた。
二年前、というのはレーザー砲台の建造よりも後だと思われるから、今も廃棄コロニーには何かがあるのかも知れない。
「では、エコーに向かうこととしましょう。今のところ、それが唯一の手がかりです」
クリスティナ艦長がそう締めくくるのに、いきなりドッグ少尉が挙手する。
「なんですか? 少尉」
「我々は何を目的としているのですか、艦長。情報収集ですか? それとも、もっと積極的なものですか?」
「情報収集のつもりです。今回の件で、オーストラリアは調査を受けるでしょう」
「その調査は、火薬庫での火遊びではありませんか?」
この時には全員の視線が、どこかくたびれた火器管制管理官に向けられていた。その視線の集中にも、この男性は少しも普段と変わらない。
「ヤブをつついて蛇を出すと少尉は言いたいのね?」
「戦い方には幾つかのやり方があります。相手を滅ぼすべき時と、相手を自由にしておくべき時がある」
「真理だと思うわね、それは。でもね少尉、ノイマンは普通の船ではありません。ひっそりと近づき、観察できる。それこそがノイマンのやり方です」
どこかハラハラとしながら、リコはドッグ少尉とクリスティナ艦長の二人に視線をやったり、外したりした。ドッグ少尉の声にある懸念、そして艦長へのやや強い口調が、リコを落ち着かなくさせた。
まさか、ノイマンの活動で世界情勢、国際情勢が変化し、それが何か決定的な事態を招くことになれば、ノイマンの立場はどうなるのか。
ミリオン級潜航艦としての実力を発揮したことになるのか、それとも、超国家的な陰謀の手先になるのか。
自分たちは軍人だが、それは例えば国民を守る軍隊とはやや立場が異なる。
連邦宇宙軍、そして管理艦隊は、平和のための軍隊であり、その軍人は平和のためにのみ剣を手に取る騎士である。
しかし今、地球という場所で、連邦の決めた倫理のために、連邦を構成している一つの国家への攻撃に加担しているように、リコにも思えた。
「安心しなさい、少尉。これでも私は、私情はないし、混乱や破滅を求めているわけではない」
その言葉を向けられたドッグ少尉は無言で、ただ視線をクリスティナ艦長に向けている。二人ともが黙り、リコは自分の心拍が早まるのを感じた。
「連邦を信用しよう、少尉」
思わぬ発言は副長のケーニッヒ少佐から発せられた。ドッグ少尉の視線が、その少佐に移り、しかし無言である。睨み付けると言うほどではない、どこか茫洋としたその目線に、ケーニッヒ少佐が肩をすくめる。
「俺と連邦、どっちが信用できる? 連邦だろう?」
意味のない冗談のようだが、その言葉にはドッグ少尉を諦めさせるだけの力はあった。
失礼しました、と頭を下げ、ドッグ少尉は姿勢を正した。
こうしてノイマンは地球の衛星軌道上を悟られないように巡っていたのを、スネーク航行により脱出し、廃棄コロニーのエコーへ向かった。
宇宙開発の初期に近い時期に建造されているので、地球からの距離はそれほどない。それでも準光速航行を使うと艦長が決断し、トゥルー曹長がミューターを調整し始め、リコも忙しくなった。
周囲にある艦船をすべて把握して、万が一にも痕跡を察知されないように、トゥルー曹長と連携して、索敵をかいくぐるように工夫を凝らす。
「準光速航行、いつでもいけます」
トゥルー曹長の言葉に、艦長が「十秒後に起動して」と指示した。
準光速航行が起動するまで、リコはじっと端末を見据え、ヘルメットの中にある音だけの宇宙に神経を集中した。
無事に準光速航行が起動し、それをトゥルー曹長が宣言する。今のノイマンは性能特化装甲は通常モードながら、ミューターの機能で索敵装置に察知されない状態になっている。
ただ、リコに休む間はない。
かすかに聞こえる、まだはるかに遠いエコーの気配を探り、その周囲に感があるか、聴覚を研ぎ澄ます。もし飛び出した瞬間、何らかの警戒装置に察知されては、事態は一気にややこしくなる。
今のところ、高性能なノイマンの空間ソナーは何も不審な音を発しない。
出力モニターを加減し、こちらもエコーを捉えているのを把握した。まだ遠すぎるが、廃棄コロニーはまるでまだ機能してるような、不思議な出力の痕跡がある。出力というのはエネルギーのことだ。
コロニーは空気の循環や重力操作などの基礎的な機能を発揮するだけで、高出力のエネルギーを必要とする。物資を運び込んで蘇らせようとしているのか、それとも……。
準光速航行ではあまりに近すぎるため、管理官は一人として発令所を出なかった。
「離脱まで、一分です」
トゥルー曹長の宣言。
リコは報告せずにはいられなかった。
「エコーだろう反応に、出力モニターが反応しています。まるで死んでいるコロニーではありません」
注意して、という短い言葉がクリスティナ艦長の指示だった。
注意というのは、明らかに戦闘かそれに近い状況を想定しろ、というニュアンスにリコには聞こえた。
唾を飲む。
「離脱します」トゥルー曹長が冷静に宣言。「三、二、一、今です」
エリザ曹長がレバーを倒し、ノイマンは通常航行に戻った。
メインモニターには、ボロボロの宇宙コロニーが浮かんでいた。宇宙という真っ黒の背景の中に浮かび上がる、奇妙な漆黒の塊に見えた。
かろうじての明かりは、事故防止の警戒灯の点滅しかなかった。
(続く)
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