4-4 たぐる、寄せる、引きずり出す

     ◆


 ケーニッヒ少佐がキーボードを超高速でタイプするのを眺めながら、リコは通信相手の欄をもう一度見て、不審さを再確認した。

 発令所の索敵管理官の端末に表示されている通信相手は、オーストラリア内務省の何をするかわからない部署の人間なのだ。アドレスはそうなっている。

 あまり深く知らない方がいいぜ、と少佐には言われていたが、リコとしてはすっきりしない。統合本部の監視の目は、ありとあらゆるところ、国家の枠や組織の枠を無視して細部にまで届いている、ということらしい。

 電子頭脳の監視はどうしているのだろう? 国家が運用する電子頭脳を凌駕する性能のそれが、統合本部にはあるのか。

 もしかして、何かしらの裏口が用意されている?

「オーケー、軍曹、送信してくれ」

 まるで何か、料理を客に配膳するように指示する料理人を連想させる、気軽な口調でケーニッヒ少佐が言う。

 一応、文面を知っておこうと、リコは自然に考えた。もちろん、さりげなくだが、その試みは無意味だった。

 文章は意味をなさない文字の羅列なのだ。

「こういう暗号を使うのですね」

 探りを入れるリコに、ケーニッヒ少佐は何度か頷く。

「解き方と組み立て方を記憶させられるんだ。メモは許されない。まぁ、ちょっとした訓練で身につくよ。俺の周りはそんな奴ばっかりでね」

 ちょっとした訓練というのは、謙遜というよりは冗談だろう。並大抵の努力や平凡な素質で身につくものではない。

「電子頭脳には破られないが、精査するなよ」

 それとなくケーニッヒ少佐に釘を刺されたが、リコからすれば、電子頭脳が破れない暗号とはどういうものだろう、と疑問が湧くだけだ。

 何かのアトランダムに偽装した規則性が組み込まれている? どうやって暗号鍵を打ち合わせたのか。

 しかもケーニッヒ少佐は長い間、ノイマンに閉じ込められている。この通信そのものも、事前の打ち合わせはないはずだ。

「少佐、送信しますよ」

「安全を祈ってくれ」

 できる限り自然さを装って、リコは端末を操作し、極指向性通信でちょうど眼下に見える位置にあるオーストラリア大陸、その一角に、データを送信した。もちろん、向こうからはどうやってもこちらは見えない。肉眼でもだ。

 オーストラリアが怪しい、となったのは、チャンドラセカルがレーザー砲台の攻撃を受けた時期から逆算して、レーザー砲台が建造された時期を割り出したことによる。

 ちょうどその時に、例のレンズを含めて無数の資材が宇宙へ送られていた。ただし、情報上ではコロニー補修用の資材である。まさか資材の写真や映像が残されるわけもなく、電子頭脳が探った帳簿などの数字の情報には整合性がある。

 決断したのはクリスティナ艦長で、ケーニッヒ少佐の統合本部時代の知り合いを通じて、オーストラリアの実際の動きを把握することになった。

 今も端末の横に立ち、惜しげもなくあくびをしている少佐が、本当はどういう人間なのかはリコはよく知らない。管理艦隊に配属される前は、統合本部にいたと聞いているけれど、どうやら本物の情報部員だったらしい。

 情報部員を船乗りに仕立てる理由は、たった今までリコにもよくわかっていなかった。

 ただ、今になればわかることもある。ケーニッヒ少佐の人脈と能力はまさに今、大きな意味を持っている。そして、統合本部とそれに属するもの、関係するものとの繋ぎにもなる。

 管理艦隊は基本的に独立派勢力を牽制するのが目的だし、その戦闘行為は武装集団への対処である。

 その管理艦隊がこうして地球を見張ることになり、管理艦隊としてはただの無法者の索敵と摘発、撃破といった乱暴な実戦の場やその経験やノウハウだけでは、不足が生じる事態になったわけだ。

 司令官が、情報の収集や調査、確認の必要性を見越して、ケーニッヒ少佐をノイマンに乗せたとすれば、かなり先まで読んでいたのだろう。

 小さな電子音が鳴り、それはメッセージの開封通知だった。正体不明の相手が開封したことになる。

「あとは何か分かれば、返信がくる。期日は四十八時間後を指定したから、軍曹、少し休むといい」

「え……?」

 思わずリコは背中を向けようとしている少佐を勢いよく振り返っていた。

「四十八時間で、調査が完了するのですか?」

 離れようとした足を止めたケーニッヒ少佐は不敵な笑みを見せる。

「それくらいは普通さ。宇宙でかくれんぼを数ヶ月続けるような余裕は、俺たちにはないんでね」

 ちょっとムッとしたが、リコは黙ることにした。端末に向き直り、時間をもう一度、確認した。地球標準時と、オーストラリア時間。

 四十八時間で、どういう結果が出るか見てやろうじゃないか、という気持ちになっていた。ケーニッヒ少佐は気にした様子もなく、艦長席でクリスティナ艦長に報告している。艦長は四十八時間に関しては少しも意見はないようだ。

 それからの四十八時間はいつも通りに過ぎ去り、つまり、なんの収穫もなく、今までの調査を継続した、無為な時間になった。

 指定した時間になるとケーニッヒ少佐は気負った様子もなくリコのいる端末へやってきた。リコは彼をちらっと見たが少佐は珍しく真面目な顔をしている。

「返事は来たか?」

「まだですね」

 リコの目は端末の上のデジタル表示の時計を見ていた。本当に返信が来るのか?

 送信した時間から、ぴったり四十八時間になった。

 端末が電子音を上げ、さすがのリコも飛び上がりそうになった。来たか、とケーニッヒ少佐が呟いたのが、かすかに聞こえた。

 見間違えではなく、本当に小さいサイズのメールが受信されている。

「開封しろ、軍曹」

 返事をして開封して、もう一度、リコは驚いた。テキストはケーニッヒ少佐が送った文章を連想させる、まるでデタラメな文字列だったのだ。それを端末に身を乗り出し、ケーニッヒ少佐が読んでいる。

 操作して文面をスクロールし、ほんの三分ほどで、ケーニッヒ少佐が「データを消去しろ。通信記録も含めて、完全に」と言い残して、艦長席へ行ってしまう。

 この暗号を三分で読み解ける? どういう仕組みなのだろう。計算力なのか、記憶力なのか、リコには全く想像もできない。

 ケーニッヒ少佐からの報告を聞いているクリスティナ艦長をうかがうと、リコの視線には気付かず、そのクリスティナ艦長はやや身をこわばらせ、頬を撫で、顎に触り、そして頷いていた。

 いったい、どんなやり取りがあったのだろう?

 リコは端末に向き直り、念のために受信したメッセージが完全に消えているか、確認した。



(続く)

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