4-3 消える物資

     ◆


 結論から言えば、リコが想定した燃料液の調達先を探る、という方針は無意味だった。

 宇宙開発が進み、全ての船が燃料液を大なり小なり利用する関係で、小売は活発であり、もつれた糸と化していた。

 逆にケーニッヒ少佐の発想は、すぐに結論が出た。

「レンズ?」

 会議の席でほとんど愕然とクリスティナ艦長が呟き、事前に話をしていたリコとトゥルー曹長以外は、艦長と似た表情になっていた。その視線を受け止め、ケーニッヒ少佐がいつも通りにポンポンと言葉を口にして報告する。

「レーザー砲台に搭載するレンジに転用されただろう部品が、七年前に宇宙に上げられている記録があった。地上からだよ。それがそのままか、改造されたかして、レーザー砲台の一部になった可能性が高い」

 明確な理屈に、管理艦隊は何をやってるのよ、とクリスティナ艦長が毒づく。

「形の上では自衛用の観測装置のためのレンズですよ、艦長。それにそんな注文が、実は頻繁に交わされている」

 そうケーニッヒ少佐が言うのに、クリスティナ艦長が目を細める。

「レーザー砲台に使えるレンズとなれば、小さくもないわね。自衛用の観測装置で、そのサイズになると一つしかない、と言いたいのね、少佐は」

「正しく。要は、宇宙コロニーに搭載されている観測装置です」

 宇宙コロニーはその安全を確保する必要から、大規模な観測装置を備えて接近してくるものを見張る必要がある。小惑星などを想定されたようだが、実際には宇宙船を見張ってもいるのだ。

 ありそうなことだ、と呟いたのはアリス少尉で、ドッグ少尉が無言で頷く。エルザ曹長は口元を撫でていた。

 リコが事前にその話を聞かされたのは、以前の会議でケーニッヒ少佐の味方をしたからだが、トゥルー曹長に話をしたのはケーニッヒ少佐とリコの二人ではわからない、宇宙コロニーの観測装置用レンズの知識を必要としたからだ。

 観測装置という点ではリコの専門分野に近いが、トゥルー曹長の専門分野にも近い。

 話をして、索敵管理官も艦運用管理官も、宇宙コロニーの観測装置のサイズなら、レーザー砲台には十分だと推測した。

「でも宇宙コロニーの観測装置用にしても記録に残るでしょう? それにレンズを搬入したとして、それをどこかに横流ししたら、その宇宙コロニーの運用に支障が出る。あるはずのレンズがなく、交換するはずのレンズもなければ、交換されたはずのレンズもないんだし」

 そうエルザ曹長が確認するのには、ケーニッヒ少佐が堂々と応じる。

「重力制御装置の発展で、宇宙コロニーは無数に作られている。今度は宇宙コロニーの物資の出入りを当たるしかないが、まさか住民を巻き込むわけにはいかない。なら、人がいないコロニーに限定して、当たることになる」

「同じことよ」エルザ曹長が素早く言葉を返す。「人がいないコロニーに物資を運ぶ理由がない。そんな廃棄コロニーがあるとしても、不自然じゃないの?」

「補修中なのさ」

 その一言で、かくんとエルザ曹長が顎を落とした。

「正式にはその宇宙コロニーは、再利用のための整備作業中になっている。だからいくらでも物資を送り込める。廃品を回収する必要はあるが、廃棄コロニーなんだ、再利用不可能なものや、宇宙に流出して行方不明のものがあっても、おかしくはない」

「都合のいい話だけど、筋は通る」

 低い声でクリスティナ艦長が意見の具体性を認め、リコに視線を転じた。

「すでに当たりはつけているのよね、リコ軍曹?」

「はい」

 一度、リコは報告する内容を頭の中で思い描き、整理して言葉に変えていった。

「地球の至近にある廃棄された宇宙コロニーの数が十一基です。その中で再利用のための整備が行われているのは二基です。片方はアイルランド連邦が所有し、もう一方はオーストラリアが所有者です。どちらにも、同程度の資材の搬入が行われています」

 そう、と小さな声で応じて、クリスティナ艦長は何かを考えているようだ。視線を指を組んだ手元に落とし、口は引き結ばれている。

 その場の全員が彼女に注目する。

「電子頭脳には」ケーニッヒ少佐が発言。「その両方に搬入される資材の実際を把握させようとしています。情報の上だと、おそらく誤魔化されるでしょうし、今まで誤魔化されてもいる。詳細な調査が必要ですが、我々は今は亡霊も同じですから、体がない」

「何を言いたいの? 少佐」

「また俺の友人の手を借りるのが早い、ということです」

 またそれですか、と艦長は失笑したが、しかしリコの目からすれば、決して否定的ではないようだった。

 ケーニッヒ少佐の言っていることは、実際の人間に情報の上ではない、資材の実物を確認させれば、情報と実際の食い違いは自然と明らかになるということだ。

 そして物資の横流しが明らかになれば、そのデータと違う資材を追跡することで、ノイマンの任務は次の段階へ進める。

 リコ軍曹と連携して、工作員を手配して。

 それがクリスティナ艦長の決定だったが、重要な一言が当然、付け加えられた。

「決して誰にも露見しないように」

 頷きながら、リコは胃が痛むのを感じた。

 誰にも、というのは、統合本部に必要以上に探られるな、ということだろうが、出し惜しみは通用しそうもない。

 何か、最近、こんな負担ばっかりだ。



(続く)

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