4-2 膨大な仕事

     ◆


 何度目かの会議の場で、リコは目をショボショボさせながら、アリス少尉の機関部に関する説明を聞いていた。

 性能特化装甲を休みなく稼動させていることが、機関である循環器に長時間の負荷をかけていることを懸念する内容だった。アリス少尉も、今のノイマンがシャドーモードを解除する余地がないことを知っているだろうが、報告だけはしようという雰囲気だった。

「まだ辛抱が必要です、少尉。燃料液の劣化が気になるけど、どうなっている?」

 クリスティナ艦長も気にはなっていることを示すようにそう質問すると、アリス少尉が視線をトゥルー曹長に向けた。返事はトゥルー曹長がした。

「現時点では許容範囲内の劣化です。格納庫のコンテナに交換用の圧縮状態の燃料液がありますが、ただ、交換には循環器の停止が必要ですから、結局はノイマンが露見します」

「帰り道まで温存するしかないわね」

 そんな言葉を聞きながら、リコは危うくあくびを漏らしそうになり、ぐっと口元に力を入れた。

 どうやらこの任務は、誰にも終わりが見えない状況になっている。

 何のとっかかりもなく、何の兆候もなく、まるで管理艦隊の被害妄想をもとに動いているような、そんな感じになってしまう。

 独立派勢力が地球のすぐそばで活動するなど、ありえないのではないか。

 その意見は今まで、会議では誰も口にしない。任務を疑い始めるのは良い兆候ではない。

 リコとしても、管理艦隊司令部の危惧は妄想ではなく、現実の危機だと思いたい。

「電子頭脳はどうやら、底なし沼をさらってるようなものだな」

 いきなりケーニッヒ少佐が発言し、全員が彼を見た。全ての視線が反射的にだろうがやや批判的な視線になった。しかし、ケーニッヒ少佐は少しも気にした様子も見せない。

「軍隊を維持する物資は幅が広すぎる。しかし例えば、食料を始めとする生きるのに必要なものの確保なんて、全体では大規模でも、少量ずつ方々からかき集めれば特筆すべき点のない、ただの消費活動になる。もっと的を絞るべきだ」

「例えば? 何を探れば良いというの? 少佐」

 クリスティナ艦長の言葉に、ケーニッヒは平然と答えた。

「宇宙船だ」

 そのことをまだ考えていたのか。リコは数日前のケーニッヒ少佐のことを思い出した。空間ソナー室で顔を合わせたあの時は、管理艦隊の常識を伝えられなかったが、もし伝えていればこの無意味はやり取りは回避できた。罪悪感を感じて、リコがフォローしようとしたが、その前にケーニッヒ少佐が発言を続けている。

「チャンドラセカルが遭遇したレーザー砲台のことは知っていますよね。まさか、レーザー砲台が盗まれるなんてことがあるわけがない。どこかで組み立てたんだ」

「宇宙ドックを我々が捕捉したでしょう。そこで作れば良い。分割しても良い」

 苛立っているクリスティナ艦長に、組み立てるのはできる、とケーニッヒ少佐が即座に応じる。

「組立ててある前の材料は、どうやって確保する? リコ軍曹に聞いたが、独立派勢力は多くの船を拿捕して、それを融通して戦力を確立しているという。二隻から一隻を組み立てるようにして。しかし、それでは絶対に手に入らない装備もある。管理艦隊が過去に戦闘を経験している敵の戦闘艦の存在は、明らかにどこかから補給を受けていることを示している」

 誰もが黙ったのは、ケーニッヒ少佐の理屈が現実を説明しながら、現実的ではないという矛盾から来るようだと、リコは思った。リコ自身、彼の発言の解釈には戸惑った。

 敵の戦闘艦は実在する、しかし戦闘艦の資材を秘密裏に宇宙ドッグに運び込むのは、夢物語だ。それなのに、その夢物語が現実になっているから、戦闘艦は存在する。

「電子頭脳には、チャンドラセカルが把握したレーザー砲台に関する情報をもとに、その構築に必要な資材の出所を探らせるべきだ。一から調べる必要はないな。当然、管理艦隊はすでに調べているはずだから、資料はあるでしょう。必要な資材の中で、地球から宇宙へ上げられているもの、そうでなければ、地球から宇宙へ上げるしかないものに限定できる」

 誰も発言せず、ケーニッヒ少佐は答えを待つように、全員を見た。

「やってみるべきです」

 思わず、リコは発言していた。クリスティナ艦長やエルザ曹長、トゥルー曹長が彼女を見やり、ドッグ少尉も彼女のほうをちらっと見た。アリス少尉は何かを考えていて、動かなかった。

 三人の女性の視線を受け、リコは自分の立場を説明した。

 空間ソナーと出力モニターの併用、さらには千里眼システムで、地球周辺の状況はおおよそ把握しているのに、情報量が多すぎて、今のままでは激流に竿を指しているようなものなのだ。

 それなら漫然と全体を見るよりは、どこかに限定して、当たりならそれでいいし、ハズレだとわかればそれは捨てて、また次を探る、そうやって当たるが出るまで次々と調べる要素を変えてみるしかないのではないか。

「リコ軍曹、あなたは何が一番、重要だと思う?」

 納得しきれてはいないようだが、クリスティナ艦長がそう確認してきた。

 ちらりとケーニッヒ少佐を見ると、彼は口元を斜めにして彼女を見ている。任せるよ、とでも言いたげだった。

「燃料液、というのはどうでしょう」

「燃料液の主要な生産プラントは、月にあるはずよ」

 学校で習うようなことをクリスティナ艦長は指摘したが、リコとしてもそれは予想の範囲内だ。

「敵はきっと、大口の取引はしないか、するとしても隠れ蓑を使うと考えられます。それよりはもっと小規模で、必要な分だけの確保をするのではないでしょうか」

「逆に地球で燃料液を買う方が、バレそうなものだけど」

 トゥルー曹長がそう言うのに、エルザ曹長が「待って」と口にする。

「地球の燃料液産出国は限定されているし、月があることで産業としては斜陽です。それなら、独立派勢力と取引する可能性もある」

 それ本気? とトゥルー曹長がつぶやき、天井を見上げた。

「ケーニッヒ少佐、あなたの意見は?」

 何かを決めたらしいクリスティナ艦長が、傍の少佐を見やる。少佐は、首を捻りながら、

「燃料液も良いですが、宇宙ドックそれ自体を作った資材、というのが最有力でしょう」

 失笑したのはアリス少尉だけで、他の誰もが何も言えなかった。呆れているのだ。宇宙ドックに関しては、それこそ管理艦隊が必死に下がっている、そうしないわけがない。

 ただ、その笑ったアリス少尉が手を挙げた。

「ケーニッヒ少尉に賛成ですね、私は。とにかく、またを絞るしかありませんし、こちらには選択肢は少ないと思います」

 結局、クリスティナ艦長は、燃料液の売買と、宇宙ドックそのものを建造するための資材の入手先を電子頭脳に調べさせ、同時にそれらが宇宙へ上がる記録も調べさせる決断をした。

 こうなれば、リコはそれらを扱う船を選んで監視できる。

 それでも仕事の膨大さに、リコはため息が出そうだった。



(続く)

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