第4話 現れる敵

4-1 星を取り巻く星の中で

    ◆


 リコ・マッケイン軍曹は、発令所ではなくノイマンの中央付近にある空間ソナー室にその姿があった。

 リコがここにいるのは、この空間ソナー室の独自の構造とその利便性による。

 空間ソナー室は球形の壁の中央に大仰な椅子があり、ヘルメットが付属している。

 その椅子に座って空間ソナーを起動すると、本来の空間ソナーが音で周囲を把握するものであるのに対し、室内に立体映像が生まれ、視覚的に空間ソナーの捉えている世界像を把握できるのだ。

 今もリコは椅子に座って、ヘルメットからのかすかな音を感じるのと同時に、立体映像の作る全球の奇妙な星空のような空間の中央で、じっと神経を集中していた。

 もし索敵要員がこの光景を見れば、部屋に映っている空間ソナーの反応図が、本来の空間ソナーのそれと違うことに気づいただろう。

 この時、リコは地球を中心とした空間にいた。彼女を取り巻く感は、ノイマンを取り巻く感ではなく、地球を取り巻く感である。

 ノイマンが地球にやってきて、すでに一ヶ月が過ぎている。その間に電子頭脳は丁寧に、地球の地上と衛星軌道上、さらには地球付近に存在する全ての艦船から、情報をかすめ取るパイプを組み立てた。

 もしリコが一人でそれをやろうと思えば、一ヶ月では全体の一割がやっとだっただろう。

 誰が構築したにせよ、こうしてノイマンは地球から宇宙へ行く、逆に宇宙から地球へ来る全ての物資と人員を把握することができるようになっている。

 ただ、あとは持久戦になるのが当然である。

 リコは地球を監視し、どこかで何か、綻びが生まれるのを待ち続けるしかない。

 この一ヶ月の間に、数え切れないほど管理官の会議が開かれ、意見交換が行われた。基本方針としては、物資のやり取りを把握する、ということにあるが、物資と言っても幅がある。

 食料や衣類、嗜好品から始まり、大きなものでは宇宙船まで見張れ、というのだ。

 とてもじゃないが一人や二人じゃ捌けない。電子頭脳には調べ上げることはできても、結論は人間が出すしかない。

 電子頭脳の今の仕事は、物資が独立派勢力に渡っているのなら、それが消えることになる、という理屈のもと、当たれる限りの帳簿を当たっているのだが、そんな超膨大な情報がすぐに解きほぐせるわけもなかった。

 何か、どこかに痕跡があるはずだ、と考えながら、リコはこの日も椅子に身を預けて、時折、視線を配って周囲を見る。

 独立派勢力は宇宙基地さえも持っているのだから、とリコは考えていた。ここは考え事をするのにちょうどいい。

 敵勢力には、ちょっとした物資をかすめ取ることくらい、余裕なのではないか。宇宙は深すぎるほど深く、広すぎるほど広い。地球上ですら闇に消えるものが多くあるのに、宇宙でそれがない可能性はありえない。

 顎に手をやって、リコはエルザ曹長と彼女の部下とした雑談のことを次に考えていた。

 どこからの情報かは知らないけど、エルザ曹長が言うには、一部の国家が大規模な反乱を起こす可能性があるという。おおよそケーニッヒ少佐からの話だろうとリコは想像したが、それは追及する意味がないな、とあっさりと彼女はその点は考えるのをやめた。

 国家が関わっているなら、公文書の偽装さえも可能で、それでは電子頭脳が当たる情報自体が改ざんされていることに直結する。

 なら電子頭脳はありもしない情報を、砂浜の中には砂金があるはず、というような推測と確率の混合物を元に、全部の砂を一粒ずつ確認していることになる。

 しかしどうしたらいいのか、リコにもわからなかった。

 宇宙に上がってくる宇宙船は一日に百隻を超える。同時に地球へ戻ってくる船がやはり一日で百隻以上。それ以外にも、衛星軌道上にある無数の宇宙空港から、火星方面や各宇宙コロニー、人造衛星などに向けて、公営、民間を問わず、旅客船が行き来し、輸送船が行き来し、そんな全部を把握しようにも人間ではいともたやすく処理能力を超えてしまう。

 リコがもし超人ならまた違うかもしれないが、彼女はおおよそ平凡な人間である。

 少し休憩しよう、とシステムを待機モードにして、ヘルメットを外した。それに反応して重力が消え、無重力の中をリコはゆっくりと出入り口のドアに飛んだ。

 ドアを開けると、制御室があるが誰もいない。はずだった。

 空間ソナー室の機器を調整する二人用の小さな端末で、椅子に座って、端末そのものに両足を持ち上げている男性の姿がそこにあった。

 階級は少佐。

「何をしているんです? ケーニッヒ少佐」

 うーん、というのがケーニッヒ・ネイル少佐の返答で、続きを待ったが、なかなかやってこない。そもそも彼がここにいるのを、リコは見たことがなかった。

 放っておくべきかな、と思った時、唐突にケーニッヒ少佐がリコを見た。

「宇宙船を手に入れるために、何が必要だと思う? 軍曹」

 はぁ、としかリコは言えなかった。

 独立派勢力が艦船を多数、所有しているのは周知の事実だ。管理艦隊でも、それは廃船を再利用したり、民間船を襲撃してそれを奪っている、とされている。実際、誰がやっているにせよ、宇宙船などの盗難や強奪事件は後を絶たない。

「世間では、奪い取っているはずですけど」

 そう無難にリコが答えるのに、ケーニッヒ少佐は火の付いていないタバコを手元でいじっている。ここは禁煙なんですけど、と指摘するべきかリコが迷っていると、少佐は目を閉じた。

「奪い取って、改造する。改造する資材は、どこで調達する?」

「二隻奪って、一隻を組み立てる、という荒技もあります」

 現実的なことをリコは口にしたわけだが、その推測は管理艦隊では常識で、外部から来たケーニッヒ少佐の耳には届いていないのだろうか。リコはもう少し補足するべきか、と思ったが、ケーニッヒ少佐がまったく反応しないので、彼女は無言で立ち尽くした。

「宇宙ドックがあるんですから、その程度の工作は可能です」

 かろうじて補足すると、かもしれん、と答えて、しかしケーニッヒ少佐はそれでも動こうとしない。

 結局、少佐が立ち上がるまで、リコはそこで少佐の様子を見ているしかなかった。



(続く)

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