2-8 幽霊か、亡霊か

     ◆


 念のためだろう、ヤスユキ少佐はギルバート博士をケーニッヒに張り付かせ、一対一でレクチャーをさせた。ケーニッヒとしてはありがたい限りだ。

 話好きのギルバート博士は、宇宙ドックの存在が非公開なので、客がこないことをひたすら嘆いていたのが印象深い。

 とにかく、眠りに落ちていたノイマンは乗組員の力で、再び命を与えられた。

 循環器が起動し、燃料液が艦を巡り始める。発令所でケーニッヒは循環器の出力が三〇を超え、五〇を超え、七〇で安定するのを見た。巡航出力だ。

「トゥルー曹長、性能特化装甲のチェックを」

「了解。同期は問題ありません、接続は良好」

 返事しながらトゥルー曹長が端末を操作する。

 ノイマンの装甲は、性能変化装甲の一部の機能に特化したもので、性能特化装甲と呼ばれている。

 データの上でしかケーニッヒは知らないが、性能変化装甲が発揮する四つの特性は、粒子ビームに強いミラーモード、実体弾に強いルークモード、姿を消す隠蔽能力を持つシャドモード、強い電磁波を発するスパークモードである。

 その中で性能特化装甲はシャドーモードをより強化している。ノイマンはより一層、宇宙に紛れて、隠れることができるだろう。その代わりにミラーモード、ルークモードはやや性能が劣っている。両立が不可能だったとギルバート博士は平然と口にしていた。

「隠れ潜むことにかけては、この艦は宇宙で一番だろう」

 得意げなギルバート博士には、別に誰もかくれんぼに必死にはなっちゃいない、とケーニッヒは思ったが黙っておいた。

「トゥルー曹長、係留器具は外れているわね?」

「はい、艦長、いつでも離脱可能です」

「では、行きましょう。ほんの一時間ほどの旅ですが」

 これから試験航行なのだがケーニッヒは管理官たちが落ち着いているので、それほどの不安はなかった。

 報告と指示が行き交い、メインスクリーンの中で、宇宙ドックの中でノイマンが係留装置から離れるのが見えた。

 おお、と思わずケーニッヒは声をあげ、クリスティナ大佐が睨んでくる。これくらいいいじゃないかと、ケーニッヒは口にせず、口元をわざとらしく押さえて見せた。

 それからノイマンは宇宙ドックの周りをゆっくりと航行し、その中で装甲のモードの三つを確かめた。ミラー、ルーク、シャドーである。スパークはこの宇宙ドックの位置を露見させないために、ここでは試験は不可能だ。

 クリスティナ大佐はシャドーモードを起動した時のノイマンの様子が気になるようで、メインスクリーンに宇宙ドックからの観測情報を表示させていた。

 シャドーモードが発動すると、ノイマンの姿は消える。すごい技術じゃないか、とケーニッヒは感心していた。これでは目視ではノイマンは捉えられないはずだ。

 それだけでは終わらず、クリスティナ大佐は推進器の停止を命じ、スネーク航行の起動を命じた。管理官たちの返答の後、いよいよか、とケーニッヒはメインモニターを注視した。

 すでに何も見えない宇宙をウインドウの二つが写しているのに対し、もう一つのウインドウにはノイマンの推進装置が発散するエネルギーの残滓が、光の粒子として映っている。何も映していないのは、空間ソナーと目視のカメラである。

 一枚目のモニターの光の波は、スネーク航行では、これが消える予定になっている。うまくいけば、だが。

「推進器は停止した? 循環器システムは?」

「推進器、停止しました。循環器システムは順調です。いつでもスネーク航行に移行できます」

 トゥルー曹長の返事に、「やりなさい」とクリスティナ大佐が応じる。起動します、とトゥルー曹長が宣言し、思わずケーニッヒは目を細めた。

 急に静かになり、推進装置の微かな振動が消えていることが意識できた。

 しかし艦は動いている。

 メインモニターの二つのウインドウには何も映っていないまま。三枚目でも残滓が消えていく。目視でも、空間ソナーでも、エネルギーの残滓でも、ノイマンは捉えられていない。

「リコ軍曹、ジョーカーに出力モニターでこちらを捉えられるか、調べさせて。最大出力で調べるようにと」

 通信を受け持つ索敵管理官のリコ軍曹が、宇宙ドックとやりとりし始める。あの秘密宇宙ドックはジョーカーという名前である。

 短いやりとりの後、「表示します」とリコ軍曹が宣言し、メインモニターに四つ目のウインドウが開いた。

 そこには真っ黒い宇宙が描き出されている。

「今のところ、見えないようですな」

 ヤスユキ少佐の言葉に、手加減されていなければね、とクリスティナ大佐はやや苦い声で応じる。しかし想定はしていたようで、指示がすぐに飛ぶ。

「スネーク航行での機動限界を確かめます。エリザ曹長、カタログデータは頭に入っていますね。ちょっと試してみて」

 まるで、私が作ったジャムを味見してみて、みたいな口調で言う艦長に、エリザ曹長は笑いをこらえた様子でそれでも「了解」と答え、操舵装置を掴み直した。

 エリザ曹長は容赦なく艦を振り回し、我らが艦長の指示をはっきりと形にして見せた。トゥルー曹長が「装甲に負荷がかかっています」と繰り返し報告しても、クリスティナ大佐はどの装甲かを聞くだけで、エリザ曹長には指示は出さない。

 しかしさすがに「フレームへの圧力がイエローを超えそうです」という報告には、これくらいにしましょうか、とクリスティナ大佐もエリザ曹長に通常の運動に戻るように伝え、トゥルー曹長には艦の状態をチェックさせた。

 この一連の確認とも言えない確認の中で、ケーニッヒはひたすらメインモニターを見ていた。

 ノイマンは一度も、目視でも、空間ソナーでも、そしてエネルギーそのものとその残滓を把握することが可能な新装備の出力モニターでも、全く姿を露見させなかった。モニターの中が全く違う方向、本当に何もない場所を映しているのでは、と思うほどだ。

「出力モニターが気になりますね」

 艦長のそばのヤスユキ少佐が指摘すると、そうね、とクリスティナ大佐は口元を撫でながら言葉をゆっくりと発した。

「ノイマンは出力モニター対策も万全なんでしょうけど、そこまで上手くいくかしら。でもジョーカーが手抜きをしたり、演出する必要はない。ノイマンは一応、姿を消せると考えるしかないかしらね」

「ミリオン級の矛盾ですね。試験したくとも、秘密であるがゆえに、試験する相手に事欠く」

 仕方ありません、とクリスティナ大佐が頷く。

 ケーニッヒはそんなやり取りを遠くで感じながら、こいつはすごい、と感動に打たれていた。

 この艦はまるで幽霊か、亡霊だ。



(続く)

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