2-7 アップデート
◆
ノイマンがどこにあるかは、エイプリル中将はすぐには教えてくれなかった。
その話をする前に、クリスティナ大佐の承諾が必要だったらしい。クリスティナ大佐を説得するには、ヤスユキ少佐の評価と、シミュレーターにおけるケーニッヒの好成績が不可欠で、期限ギリギリにその二つが実を結んだ形だった。
「ありえないわよ、こんなものは」
シミュレーター室で観戦していたクリスティナ大佐はぼやいた。
「これが現実です、大佐」
そう言ったのはケーニッヒではない。アリス少尉だった。
この時、部屋には他にも数人の下士官がいた。エリザ曹長、トゥルー曹長、そしてリコ軍曹。その中でもトゥルー曹長はケーニッヒに常に張り付いて、詳細な指導を与えていて、彼女がやってきてからケーニッヒは専門家二人の相手に四苦八苦したのだった。
期日までにケーニッヒが仕上がったのは、それでもアリス少尉を含めた四人の女性の下士官による指導と協力によるのは、疑いのないところである。
部下の技量への信頼もクリスティナ大佐が、渋るのを隠そうともせず、ただ最後にはケーニッヒを認めた理由でもあるようだ。
「超一流の乗組員がほんの数ヶ月で促成栽培できるとわかれば、士官学校もカリキュラムを変えるわね」
「才能を認めるべきです、大佐」
ヤスユキ少佐の言葉に、いいでしょう、とクリスティナ大佐は頷いた。素直に、ではなく、本当に渋々、という様子をまったく隠そうとはしていないぞんざいな頷き方である。
この三日後には、ケーニッヒは他のノイマンのクルーと共にホールデン級宇宙基地をシャトルで離れていた。
シャトルは四十人乗りで、満員だった。これでも三隻に分乗しているのだ。ケーニッヒはひたすら初対面の相手と挨拶をする必要があり、食堂に行こうとシャワーを浴びようと、常に話しかけられる。落ち着ける場所はどこにもないようだった。
シャトルが到着した場所は、ケーニッヒの目にはよくある宇宙ドックにしか見えないが、他の乗組員たちは興奮している。何が理由かも、ケーニッヒには想像もつかない。
「大尉、ここは非公式の宇宙ドックですぜ」
アリス少尉の部下という機関部員の兵長がそう言って、なるほど、とケーニッヒは頷き返すしかない。
そのまま三つのシャトルに分乗していた全乗組員が、開けた格納庫に集められた。ケーニッヒはどこに立てばいいかわからなかったが、ヤスユキ少佐に促され、彼のすぐ横に立った。
ノイマンの乗組員は百人と少し。ミリオン級潜航艦と同規模の他の鑑と比較すると、この数は少ないだろう。事前に聞いていたが、無人化が進んでいるのだ。
クリスティナ大佐が短い挨拶をして、兵士たちは各管理官に促されてドックの奥へ向かうことになる。その先頭を行くのが艦長であるクリスティナ大佐、次がヤスユキ少佐で、その次がケーニッヒというのは、彼からするとやや居心地が悪かった。
何度か歩調を緩めたかったが、どうにかケーニッヒは耐えた。針の筵とはまさにこのこと、と思いながら。
空間が開けて、ドックに出た。
「これが……」
思わずケーニッヒは呟いた。
巨大な潜航艦が目の前にある。何度も情報の上で確認したミリオン級。しかし細部が違う。アップグレードされたのだ。よりシャープになり、装甲の色味がやや不思議な光の反射をする。黒いはずなのに、深みのある黒で光を飲み込むような印象を受けた。
クリスティナ大佐の先導で、乗組員が艦内に入り、それぞれの持ち場についた。
ケーニッヒの居場所は定まっていないが、発令所の予備のシートに腰を落ち着けた。
ちなみにこの時、クリスティナ大佐と発令所に詰める管理官、そしてそこにはいないがメインスクリーンには機関管理官のアリスが映り、宇宙ドックにいた二人の人物と話し合いが持たれていた。
白い髪の毛と長い髭を生やした白衣の男性がギルバート・メイ博士。連邦宇宙軍の制服の中でも他とはデザインの違う技術部門の制服を着た男性がチェン・ファン技術大佐。
その二人をケーニッヒはおおよそ把握していた。管理艦隊の内部調査をした時、この二人は念入りに調べたのだ。
敵がミリオン級潜航艦の情報を欲するとすれば、ギルバート博士とチェン技術大佐を抱き込む可能性が最も高かったし、それは管理艦隊にも連邦宇宙軍にとっても致命的になる。買収しても、弱みを握っても、誰かしらを人質にしても、どうしてでもこの二人の口を割らせたかっただろう。場合によっては拉致するような強硬策に出る可能性もあった。
この二人が、誰よりもミリオン級潜航艦について知っているのは、設計段階から関わっているからで、そもそもの計画段階や思想が形を持つ段階から、この二人は初期からミリオン級に比較的近い位置にいて、それからはぴったりと張り付いている珍しい存在だ。
今はギルバート博士が総責任者、チェン技術大佐が現場責任者である。
ケーニッヒの調べたところでは、二人には少しも敵の手は伸びていない。管理艦隊の手配りが良かったこともあるが、エイプリル中将を始め上層部は、二人の重要人物の所在を公にしなかった。それも厳密に。
この宇宙ドックに来るまで、ケーニッヒさえも把握できなかった。わかっていたのは、外部との接触が全くない、という事実しかない。
それがこうして出会えるのだから、世界というのはわからないものだと、ケーニッヒは彼らの様子を眺めていた。
ノイマンに搭載された全く新しい装置が幾つかあり、それに関する説明がギルバート博士の口からあった。新型のミューター、そして性能変化装甲から派生した亜型とも言える思想の装甲、そして出力モニターという新発想の索敵装置。
延々と続くギルバート博士の説明が一区切りになったところで、チェン技術大佐が手に持っていたデータカードをその場の全員に配った。
「情報はこちらの中に。今夜のうちに目を通してください。明日にでもまた、質疑応答の時間を作ります」
まだ喋りたげな老博士を遮った技術大佐の言葉に全員が頷き、クリスティナ大佐がケーニッヒの方を見た。
「あなたの分よ」
投げられたデータカードが飛んでくるのをケーニッヒは受け取り、「どうも」と応じるしかない。
訓練が生きるなら良いのだが、もう状況は走り始めている形だった。
(続く)
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