1-5 長い時間
◆
電子頭脳が三日の演算の末に、答えを出し、それでも三本のルートが導き出されたというだけだった。
一線級の技能者であるリコ軍曹でも扱いきれない千里眼システムが把握していた宇宙基地ホワイトとその周囲の、宇宙船の航路は膨大な数に上る。しかもその航路をたどっても、艦船は自然と索敵範囲外に逃げてしまう。
ただ、もし人間がその情報を当たっても、何もわからなかっただろう。
「三択になっただけでも、良しとしましょう」
作戦立案室の星海図の立体映像を前にいつかと同じ顔ぶれ、クリスティナ、ヤスユキ少佐、リコ軍曹が知恵を絞っていた。
三本の航路は全く別方向へ進んでいるので、どれに期待が持てるかははっきりしない。どの航路も輸送船が行き来しているわけで、戦闘艦らしい戦闘艦が来ることもあるが、それに限定してもどの航路が有力かは割り出せない。
「やはり戦闘艦を優先するべきでしょう」
ヤスユキ少佐の言葉に、リコ軍曹はもちろん、クリスティナも即答しかねた。
確かに戦闘艦を優先するのが理にかなっている。ただ、敵がそんな明白な痕跡を残すだろうか。自分だったら、戦闘艦が追跡される事態を念頭に置く。そもそも、戦闘艦は連邦宇宙軍を相手にする意図を持っている。敵と一番接触する可能性が多い艦は、そっくりそのまま、追跡される可能性が一番高い。
しかし、輸送船を追いかけても、その輸送船が、あるかもしれない宇宙ドッグに自然とたどり着くだろうか……。
「誘いをかけてみる、か」
クリスティナは閃いたことがあったが、あまりにも危険で、口から出た声は囁きのようなものだ。それでもはっきりと言葉に変える程度には、クリスティナには期待がある案だ。
「性能変化装甲のスパークモードを、距離をとって起動してみたらどうかしら」
え、とリコ軍曹が目を丸くする一方で、ヤスユキ少佐は先を促す目をしている。
「ほんの一瞬でも、正体不明の艦の反応を察知すれば、敵は警戒する。宇宙基地を放棄するかもしれないけど、チューリングが近づいた時は逃げたわよね。まあ、どちらにせよ艦船の移動は活発になる。その動きを見て、三つのうちのどれが本命か予測するということだけど、どうかしらね」
大げさにため息を吐いて、ヤスユキ少佐が口を開く。
「こちらの存在が露見するのが問題のその一、問題のその二は、艦長のおっしゃる通り、敵が逃げ去ることです。ホワイトを放棄されては、我々の任務は失敗です。敵を泳がせておく方が、まだ良いでしょう」
「それですけど」
リコ軍曹が発言する。
「千里眼システムの観測可能範囲ギリギリに位置取りすれば、敵の索敵能力では唐突な反応が連邦軍によるものとは理解できないと思います。非常に微弱な反応が、ノイズとして感知されるのではないでしょうか。そうなっては敵に動きはないかもしれないので、微調整が必要ですが、何者かが近づいている、見張ってるのでは、程度には誘導できるかもしれません」
本気かね、軍曹。そんな風にヤスユキ少佐が唸るように言ったが、それ以上の言葉はなかった。
一時間ほどの検討の後、その作戦が実行されることになった。
一度、短距離の準光速航行でホワイトから離れたノイマンは、操舵管理官のエリザ曹長がスネーク航行という繊細な操艦が困難な仕組みにも関わらず、リコ軍曹と電子頭脳が割り出した座標に船をピタリと固定させることに成功していた。
発令所では艦運用管理官のトゥルー曹長が、性能変化装甲をシャドーモードから通常モードへ切り替えることを宣言する。
「ここで撃たれた終わりですね」
珍しいヤスユキ少佐の冗談には、しかし誰も反応しなかった。
「スパークモードをコンマ一秒で起動します」
トゥルー曹長が宣言する。
「起動、停止」
そんな言葉しかなかったが、宇宙空間ではこの時、ノイマンは絶対的な反応を発散していたのだ。それはまるで暗闇の中の花火だっただろう。
「リコ軍曹、敵の動きを探って。トゥルー曹長、ミューターの微調整をして、装甲をシャドーモードに戻すように。スネーク航行で距離を少しでも詰めましょう。エリザ曹長、よろしく」
返答があり、メインモニターではノイマンが再び姿を消し、そしてホワイトの方へと戻っていくことを示す幾つかの表示が出る。だが、速度は準光速航行と比べればはるかに遅い。
それでも遠すぎるほどの距離を、千里眼システムは見通すことができた。正確にはノイマンに搭載の電子頭脳が、読み解いたのだ。
「ホワイトに動きがあります。近づいてくる三隻の集団があります。こちらで予想した航路の一つをおおよそ辿っています」
高揚を隠しきれないリコ軍曹の言葉に、クリスティナは内心、ホッとしていた。作戦は成功したようだ。
「確証が持てるまで、観測を続けて。確信が持てれば、予想されている航路を逆にたどっていきましょう。ここからが本番よ、みんな」
めいめいに返事があり、ノイマンの慌ただしい十六時間がこの時から始まった。
ホワイトの動きとそこに向かう艦船の動きの把握に二時間、航路を辿るのに十時間が必要だった。航路を辿ると言っても、準光速航行で突っ込むわけではない。じわじわと姿を隠したままで進み、空間ソナーで探れる限りの範囲を探って、怪しげな座標を確認する作業がそれだった。
根気強い集中が必要な仕事を、リコ軍曹はやり切った。
こうしてノイマンは準光速航行で三時間ほどの移動の末、かろうじて空間ソナーの索敵範囲の隅の方にやや大きな存在を感知することができた。
リコ軍曹と彼女の部下にその痕跡を追跡させながら、とりあえずクリスティナは管理官たちに交代での休息を命じた。実際に反応があるところに何があるかはわからないが、今しか休めそうにもないという判断だった。
短いとはいえ休息を取らないといけないのはもどかしいが、やっと大物の正体を確認できるのだ、万全の態勢で臨む必要があるのもまた事実だった。
クリスティナは艦長席の背もたれに寄りかかり、メインモニターの星海図の点滅する赤い点を見やった。
(続く)
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