1-6 後詰

     ◆


 管理官が揃い、艦の状態も問題ないと再確認してから、クリスティナは捕捉している感に迫るように指示を出した。

 準光速航行では性能変化装甲のシャドーモードが使えないが、ミューターは使える。

 そこだけが賭けだったが、もしダメなら逃げ出せばいい、とクリスティナは割り切ることに心の中で決めた。

 ミューターという新装備、それも試作機の新装備に頼るしかないのが情けないが、現座標から目的の座標までは遠すぎる。通常航行では結論が出るまでに状況が変わる可能性もあった。

 トゥルー曹長が準光速航行の起動と、ミューターによる隠蔽のモニタリングを始め、離脱したのは間もなくだった。通常航行に戻り、今度はスネーク航行の起動と性能変化装甲がシャドーモードに切り替わる。

 リコ軍曹が安全を確認している間にも、エリザ曹長は艦を操っている。

 クリスティナが見ている前で、敵勢力からの反応らしい反応はとりあえずはなく、ノイマンは完全に姿を消しているようだと、結論が出た。そして、リコ軍曹が目標のリアルタイム映像をメインモニターに映し出した。

「空間に歪みがあります」

 それがリコ軍曹の指摘だったが、画質が荒いため、クリスティナにはよく見えなかった。

「空間の歪曲を可能な限り補正して視覚化します」

 そうリコ軍曹が言って端末を操作すると、メインモニターの映像が切り替わり、黒い背景に白い模様が点描画のように浮かび上がる。

 その白い光の塊は、確かに宇宙ドックのような形をしていた。ただ激しく乱れていて、宇宙ドックだと思って見なければ、そうと判別がつかない、大きな構造物だ。

「どういう仕組み? なぜ見えないの?」

 思わずクリスティナが強い口調でリコ軍曹に訊ねるが、詳細は不明です、という返事だった。

「大出力のミューターが搭載されているのだと思いますが、空間ソナーで感知できたということは、隠蔽が不完全です。目視不可能なのは、あるいはミリオン級のような装甲を搭載している可能性があります」

 そんな説明を聞きながら、クリスティナは次の手を考えていた。

 この宇宙ドックは明らかに連邦宇宙軍の施設ではない。なら敵勢力のそれであるから、捕捉しておく必要がある。ただ空間ソナーに微弱な痕跡しか残さず、目視をかいくぐる存在を、逃さずにいる方法が、すぐには浮かばない。

 任務は、常に見張ることだが、ノイマンには目は一つしかない。

 いや、あるかもしれない。

 と言うより、ここに呼び寄せればいい。

「極指向性通信で管理艦隊司令部に通信できる? リコ軍曹」

「え?」リコ軍曹は戸惑ったように振り返った。「司令部ですか?」

「そろそろ後詰も準備ができるでしょう」

 艦長、とヤスユキ少佐がやや険のある声を出した。

「成果を譲るつもりですか」

 彼はもう察しているんだな、とクリスティナは安心し、心からの笑みを見せた。強気な笑みだった。

「ノイマンの今の性能では、ここまでが限度だけど、彼らならできるでしょう」

「しかし、チューリングに譲るとは……」

 そこまでしかヤスユキ少佐は言えないようだった。

 まさにクリスティナが考えていることを、ヤスユキ少佐は理解していた。クリスティナは、今頃、補修も終わっているだろうチューリングに、正体不明の宇宙ドックを見張らせるべきだと考えていた。

 彼らの方が完璧に千里眼システムを使いこなせるし、ミューターもより改良されているはずだ。あるいは、性能変化装甲もバージョンアップされただろう。

 全てにおいて、ここから先はチューリングがふさわしい。

「成功する可能性が高いものが任務を続行するべきよ。私たちはここまで」

 それからクリスティナは極指向性通信で管理艦隊司令部に、暗号化された通信を行った。ホワイトに関する報告と、オレンジと仮称を与えた宇宙ドックに関する報告である。

 その最後に、より隠密性が高く、観測能力の高い艦を必要とする、と付け足しておいた。

 宇宙ドックオレンジと距離を詰めるでもなく、ノイマンは待機を続け、管理艦隊司令部からの返答を受け取るまでの五日間を、じっと姿を隠しての観察に費やした。

 返答は、チューリングに任務を継続させる、というものだった。クリスティナの思惑通りに進んだことになる。

 その返答には、ノイマンを一度、帰投させ、改修を施すという指令も含まれていた。ノイマンもいつの間にか長い間、無寄港で任務を続けていたのだった。

 管理官たちと打ち合わせをして、チューリングがやってくれば任務から解放されることが、全艦に通達され、艦内はやや華やいだ雰囲気になった。

 チューリングがやってくるまでの二週間はあっという間に過ぎ去り、クリスティナはチューリングの艦長と短いやり取りをしてから、ノイマンを現場から下がらせた。

 この時の準光速航行の起動直後は、さすがのクリスティナも疲れを感じずにはいられなかった。準光速航行という安全な状態、それも離脱する時の危険を考えなくていい状態が、心の緊張をやや緩めたらしい。

「彼らは無事に済むでしょうか」

 やはりどこか疲れた声のヤスユキ少佐を振り返り、クリスティナは目を回して見せた。

「彼らの根気と能力に期待しましょう。私たちには不可能なことを、彼らはやるかもしれない」

「無事を祈らずにはいられません」

「そんな彼らを長い間、ストーキングしたのは、私たちですからね。これでも彼らを認めています。あなたは違う? 少佐」

 認めています、とヤスユキ少佐が答えるのに、クリスティナはわずかに顎を引いた。

 どうなるにせよ、これで少しは休める。艦も、乗組員も、自分もだ。

 艦長席で、クリスティナは身じろぎをして背筋を伸ばすと、数値が減っていく準光速航行を離脱するまでの時間を確認した。



(続く)

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