1-4 実りのない監視
◆
ノイマンは宇宙基地ホワイトの至近に接近し、その情報を集められるだけ集めた。
ミューターを積んでいるのは確実で、同時に不自然な塗料で塗り固められているのもわかった。
その宇宙基地は接舷可能な桟橋の数は、ほんの四つしかない。しかもそのうちの一つは明らかに後から取り付けた、イレギュラーな装置である。
連邦軍が所有している宇宙基地のカタログが電子頭脳によって紐解かれ、ホワイトのもとになった宇宙基地は、火星の開発が始まった頃の古い型に限りなく近い、と判明した。
はっきりと断言できないのは、細部のデザインが異なるからで、電子頭脳はそれを度重なる改修による誤差、としていた。
それもそうだ、とクリスティナは考えた。火星開発から百年近い時間が過ぎている。まさか百年前の設備のままで宇宙に隠れ潜むわけにはいかない。
独立勢力の物資はどこから調達されているのかは、判然としなかった。小型の輸送船が繰り返しやってくるが、リコ軍曹に千里眼システムでそれを追わせるのは酷というものだった。敵も直接に物資を運ぶわけもなく、複雑な欺瞞を行っている。
電子頭脳の解析を行っても、やはりはっきりしないのが、現実だった。
「同等の力量か、こちらが負けていますね」
それがヤスユキ少佐の評価で、クリスティナも同感だった。電子頭脳の性能に関しての評価である。
地球連邦には複数台の電子頭脳があり、それはミリオン級に搭載されるものとは規模が違う。演算速度で言えば、ミリオン級の電子頭脳が一時間で行う処理を、ほんの一瞬で行うほどだ。
彼らはまさに電子頭脳の名前に相応しく、ほとんど人間のように、実際の人間とコミュニケーションが可能である。一部では新知性と言われるほどの、知性を持つ。
その電子頭脳の一台でも敵が運用すれば、物資の出所を隠すことなど容易いはずだ。追跡を欺瞞する迷彩を施して、しかもその迷彩は自然すぎて見えないことになる。
見えないものばかりだな、とクリスティナは艦長席で考えた。無意識に手が頬を撫でている。
宇宙船も見えなければ、敵の勢力の全体像も見えない。
しばらくホワイトを監視していたが、推測されている宇宙ドックの存在はまったく見えなかった。ただ、ホワイトに艦船を補修したり修繕する装備はない。その事実が逆説的に宇宙ドックの存在を匂わせている。
もしホワイトにやってくる宇宙船が全くの新品だったりすれば、クリスティナとしては、敵勢力には新しい船を調達する能力がある、ということを考えて、宇宙ドックが不必要という発想を持たないでもない。
宇宙船を使い捨てる、という大富豪の中の大富豪が敵ということにはなるが。
しかしホワイトにやってくる船はほとんど全てが老朽船で、あからさまな補修が施されているものもある。つまりどこかに宇宙ドックはやはりあるのだ、と考えるしかなかった。
「もし敵の船が一隻でも二隻でも、損傷すればいいのだけど」
思わずクリスティナが呟くと、ヤスユキ少佐が笑いを含んだ声で「期待できませんね」と答えた。
ノイマンが襲撃をかけて、船にダメージを与えれば、その船は自動的に修繕されるわけで、それを追いかけていけば、拠点なり宇宙ドックなりが分かりそうなものだ。
問題はノイマンの存在が露見することで、これが絶対に避けなければいけない要素であり、最大の課題だった。
こうなってはノイマンは身動きが取れない形で、ただ目の前を見ているだけに等しい。
クリスティナには艦長として次の行動を考える必要が生じていた。
「何か名案があるか、聞きたいけれど、何かあるかしら」
それは会議室に管理官が揃った形で、その場の全員に投げかけられた言葉だった。
部屋にはトゥルー曹長、リコ軍曹、エリザ曹長、そして火器管制管理官のドッグ・ハルゴン少尉がいた。
年齢としてはドッグ少尉が五十代で、六十歳目前のヤスユキ少佐の次に高齢だった。女性三人の管理官はほとんど差はないがリコ軍曹だけはまだ二十代である。
「適当な船を追跡するしかないですよ」
ざっくりと艦運用管理官のトゥルー曹長の発言。
「それじゃあ、効率が悪いでしょう。もっと確実性を上げないと、ただ宇宙を行ったり来たりするだけになるんじゃないかしらね」
そうエリザ曹長に否定されても、トゥルー曹長は肩をすくめるのみ。
「統計的に考えてはどうですか」
そう発言したのはドッグ少尉だった。彼が管理官の中ではリーダー役をすることが多い。苦労人のような冴えない初老の男性だが、口うるさくないし、そもそも言葉が少ないので、女性陣から敵視も蔑視もされないのだった。
「敵の艦船の行き来には法則があるはずです。電子頭脳に探らせてみては」
「一応、聞いておくけど、どんな法則性があると予想できる?」
クリスティナが確認すると、ドッグ少尉はぼそぼそと答えた。
「前線と後方の差があるかと」
へぇ、と思わずクリスティナは声を漏らしていた。
つまり敵勢力の中で戦力の移動か、人員の移動がある、というのだ。
物資の輸送は欺瞞を意図して、船が辿る航路は自由な座標を選べる。しかし連邦が確保している勢力圏があるように、敵勢力にも安全圏という認識があるはずだ、とドッグ少尉は言っているのである。
安全地帯と危険地帯があるなら、前線と後方という、動かしがたい位置関係が生じる可能性はあった。
やってみましょう、とクリスティナが頷いても、ドッグ少尉は無言で頷いただけだった。
(続く)
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