1-2 卑怯

     ◆


 クリスティナがノイマンで一度目の航海を不本意な形で切り上げたのは、彼女や乗組員の落ち度でも、艦の欠陥でもなく、ほとんど情報戦の様相、そのあまりの激しさによる。

 どうやら管理艦隊内部に内通者がおり、ミリオン級が狙われているというのが司令部の結論になった。既にチューリングが、こちらは無能な指揮官の行動を理由に、任務を切り上げていたが、その指揮官の能力の評価は内通者の存在により、それほど目立たなかった。処分は免れなかったが。

 その艦長が主張するには、情報が漏れたことで任務に支障が出た、というのだが、クリスティナからすれば冗談みたいな話だった。軍人が臆病風に吹かれていいものか、とクリスティアは苛立っていたものだ。もっとも実際にはその指揮官は解任されて、彼女は溜飲を下げることになった。

 どういう事情があれ、ノイマンの任務の危険度はいやがうえに増し、仕切り直す、というのが命令であり、クリスティナは艦を安全圏まで後退させた。損傷のないノイマンはそのまま宇宙ドッグのフラニーで改修を受けることになったが、この時にミューターの試作機が搭載された。

 ミリオン級三番艦であるチャンドラセカルは、この時点ではまだ戻ってきていなかった。クリスティナがチャンドラセカルを見たのは、ただの二回で、一度は建造途中、もう一回は式典でだった。式典と言っても秘密裏の式典である。

 とにかく、クリスティナは短いとしか言えない任務の中での問題点を技術者と共有し、その改善とシステムの改良に尽力した。

 ここで三度目になるチャンドラセカルを目撃する機会があった。いつの間にか時間が流れ、チャンドラセカルは二年という時間、任務を続行したのだった。

 そのうちにチューリングの改修も終わり、彼らは試験航海などをしていたが、それは乗組員の習熟のためで、ノイマンには必要ない。

 クリスティナがノイマンの艦長になった時も、乗組員は自由に選べるという権利が与えられた。彼女は女性で有能なものを選んだが、それは自分が女性だからではなく、女性の方が粘り強いという認識による。

 チューリングの初代艦長は軍人で固めたようだが、クリスティナが驚いたのはチャンドラセカルの乗組員が元軍人や第一線を退いたものが多いのもだが、それ以前に艦長その人が民間人だということだ。

 ミリオン級の基本思想や設計、建造、運用手法の構築にまで大きな働きをした民間人らしいが、まだ二十歳にもなっていないと聞いた時、クリスティナはやはり何かの冗談かと思った。

 しかし実際にチャンドラセカルには十代の青年が乗り込み、その航海は三隻の中で最も長いのだから、天才という触れ込みは間違いがなかったことになる。

 ノイマンも改修が終わり、試験航海も兼ねてオスロへ向かい、そしてほんの一日ほどで例の騒動である。クリスティナは実戦が好きな軍人だと自覚があるが、いきなりの敵襲には内心、心躍っていたのだ。ただし、見ているしかなかったのは歯がゆくもある。

 自分自身はともかく、ノイマンという艦への評価も気になっていた。それに乗組員への評価も、まだ不完全だと思っていた。

 クリスティナは艦も乗組員も、信頼しているし、完璧な顔ぶれという自信もある。

 チャンドラセカルにも負けない、優秀なものが揃っているのだ。

 勝負ではないし、競争でもない。それでもクリスティナはその負けん気で、今までやってきたというところがあるし、常に冷静で、平静さを心がけているが、胸の内では熱いものがあるのは長く接したものには知られている。

 管理艦隊の司令官であるエイプリル中将にも釘を刺されていた。「一人で戦争をするなよ、大佐」という辛辣な言葉だった。艦長としての自覚を持て、ということだとクリスティナは噛み砕いて、肝に銘じた。

 とにもかくにも、ノイマンの二度目の航海は、兄弟艦のそばに潜んで、こっそりと見守るという任務である。

 これが実に骨が折れる作業だと、クリスティナもすぐに気づいた。少しでも気を抜いて、こちらの存在が露見すれば、任務は台無しになる。

 最も気を使ったのは、千里眼システムの存在だった。

 この索敵のための仕組みは超広範囲を精密に精査できる一方、この仕組みは使うものを選ぶ。つまり、まだ完璧に使いこなせるものがいないほどの技術革新であったはずだった。

 それが、システムを十全に使いこなるものが現れたのだ。

 しかもその技術者は当のチューリングの索敵管理官である。民間からの採用で、障害者らしいが、実際の技能はクリスティナをはじめノイマンの乗組員は知る術がない。

 その青年に存在を暴かれないように、ノイマンは敵以上に味方であるはずのチューリングに気を使った。

 そんな日々が延々と続き、その中でチューリングが敵艦に襲われる事態が出来したのだった。

 一度目の襲撃である準光速航行から離脱した瞬間を狙われた、カミカゼアタックじみた襲撃ではなく、理詰めの、本気の襲撃だ。

 三隻が姿を消し、どこからかチューリングを狙っているのだ。

「援護すべきでは?」

 第一種戦闘配置のノイマンの発令所には全ての管理官が揃っており、ヤスユキ少佐の問いかけは、その場の全員からのクリスティナへの確認でもあった。クリスティナは右手で顎を触りながら、考えた。

 チューリングなら、この危地を乗り越えるはずだが、さて、彼らにミューターに対処する方法があるのか。

 実際、ノイマンも敵艦の位置を詳細には把握できていない。それは敵もノイマンに気づいていないことを意味するはずだが、事態を好転させる要素は何もない。

 この宇宙の一角の何もない戦場で、チューリングだけが浮かび上がっている形だ。それは彼らが犯したささやかなミスによる。

 性能変化装甲のシャドーモードを使い、さらにスネーク航行を選択することも可能なのに、魚雷攻撃をレーザー銃で迎撃などするからだ。それで、おおよその座標を暴かれるとは。

 クリスティナとしては、こうなってはささやかなミスさえもできない状況に置かれた形である。

「様子を見ます」

 それがクリスティナの決断であり、幸運にもそれから事態はすぐに動いた。

 チューリングが性能変化装甲の新機能であるスパークモードを起動したのだ。それはノイマンの索敵管理官のリコ軍曹が悲鳴を上げるほど、空間ソナーに影響があった。

「こちらも見破られている?」

 クリスティナの確認に、艦運用管理官としてトゥルー曹長が「おそらくはミューターの許容範囲です」と返答し、ヘルメットを被り直したリコ軍曹からも「チューリングにこちらを察知した兆候はありません」と返答が来る。

 胸をなでおろし、クリスティナたちはチューリングが孤軍奮闘するのを眺めることになった。

 クリスティナは彼らの死闘を見物しながら、何かが胸の内で沸き起こるのを感じる。

 この艦の目的の、なんと卑怯なことか。

 そう思いながら、無言を通して、クリスティナは戦いをその終わりまで見つめ続けた。




(続く)

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る