第1話 離脱

1-1 追跡者

     ◆


 ストリックランド級宇宙基地であるオスロで、ミリオン級潜航艦の一番艦チューリングの敢闘を、まるで我関せずと見物しているのは、やや軍人の性向と合致しないようでいて、そこはそれ、クリスティナ・ワイルズ大佐と彼女の部下たちには、今の自分たちのやり方に対する絶対の自信があった。

 チューリングは大胆にも襲撃者に戦いを挑み、これを撃退していた。

「なかなかやるものです」

 ミリオン級潜航艦二番艦ノイマンの発令所で、すぐ横に控える副長のヤスユキ・オイゲン少佐が発した低い声に、クリスティナは頷いた。

「あれくらいでなければ、ミリオン級の艦長にはなれません。しかしやや好戦的すぎますね」

 くすくすと発令所に笑いが広がる。

 クリスティナはメインモニターを眺め、オスロから発進した艦船が警戒と同時に機雷の除去を行っているのを確認した。どの船もノイマンには気づいていない。

「ちょうどいいといえば、ちょうどいいかもしれません。ここまでタイミングが合うとなると、司令部は狙っていたのかしら」

 彼女に意見を求められたヤスユキ少佐が、どうでしょう、と応じる。

「管理艦隊司令部にとっては渡りに船ですが、チューリングからすれば、たまったものじゃないですから。おそらく、乗組員の一部は乗り遅れたでしょう。ただあの敵の様子を見れば、情報の漏えいは確実です」

 オスロに二隻のミリオン級潜航艦が揃っているところへの敵襲。それはクリスティナにも引っかかった。さらにオスロの管制が、チューリングが係留機材を破壊してまで離脱したのに対し、ノイマンへの対処は早かったのも、気にかかる。

 敵も敵なら、味方も味方だ。

「いずれ、分かることですね。今は考えるのをとりあえずはやめましょう。エリザ曹長、オスロから距離を取りなさい。こちらが露見することはありませんが、万が一があります」

「アイマム」

 女性の操舵管理官であるエリザ・スターライト曹長が、繊細な手つきで操舵装置を操る。

「トゥルー曹長、ミューターは万全かしら?」

「試作機と聞いていましたが、使いやすいですね。空間ソナーとの同期も問題ありません」

 こちらも女性の下士官である艦運用管理官のトゥルー・オリエンタ曹長が返事をする。他にも発令所に詰める管理官として、索敵管理官も女性である。リコ・マッケイン軍曹。

 ノイマンが緩慢な動作で宇宙基地オスロから距離を取り、やがてオスロの周辺の騒動も終息していく。警戒艇が飛び回っているが、ノイマンのいる位置は既に十分な間合いがあるので、索敵の範囲外だ。そして高出力のサーチウェーブでも今のノイマンは決して見破られない。

 それからクリスティナはヤスユキ少佐と、船に積み込まれている物資について打ち合わせをした。

 襲撃の直前に命令を受領し、ノイマンはこのまま任務につくことになっている。そもそも敵襲自体が進発の寸前だったのだ。幸いなことにというべきか、物資の積み込みも終わっている。

 任務の内容は、チューリングの護衛である。

 チューリングにはミューターが搭載されていない。民間から採用された凄腕の索敵管理官がいるという話だが、その点ではトゥルー曹長が既存の空間ソナーでは決してノイマンは捕捉されないと請け負っていた。

 管理艦隊は、ミリオン級潜航艦という、ひっそりと敵に忍び寄って情報を収集する最新鋭艦を、今や餌として使っているのだ。チューリングはそうと知らず、敵をおびき寄せることになる。

 切り札がもはや客引きに過ぎないという、その根本的な問題はクリスティナも承知していた。ミリオン級に関わるもので知らないのはチューリングの連中くらいかもしれない。

 独立勢力の艦船は神出鬼没で、明らかに空間ソナーが機能していない場面が散見される。それはつまり、敵もノイマンと同様のミューターを既に搭載し、使用していることになる。

 どうやら管理艦隊内部でもスパイのあぶり出しは始まっているようだが、しかし今は、敵の持っている技術力を把握する必要がある。そのためには敵の艦船を鹵獲してみるのが一つの手段であり、もう一つは人間のスパイを敵勢力に紛れ込ませることがある。

 全く別種の手段として、一挙に敵の勢力の本拠地を陥す、という手段もあり、そもそも今のチューリングはその任務の一端、あるいは先鞭をつける任務を実行している気持ちになっているはずだ。

 独立派勢力の宇宙基地が彼らチューリングの目当てであり、それを捕捉したら、クリスティナの懸念や問題は解決の一歩手前だ。その宇宙基地はおそらくチューリングに気づき、逃げ出せば、そこをノイマンが監視することになる。

 ただミューターを搭載している敵にチューリングが逆に撃破されたり、鹵獲される可能性は常にある。敵にはミューターはあっても、まだ性能変化装甲やスネーク航行の技術は無いようだと、クリスティナは聞いている。

 どこまで本気にするかは個人に任せるしかないが、クリスティナとしては敵にミリオン級の性能をせいぜい、半分程度しか知られたくはない。そうでなければ、ノイマンの活動に支障が出る。

 数日の間、宇宙空間で漂っているうちに、ついにチューリングが進発していく時が来た。

 ノイマンも管理官はスタンバイしている。

「エリザ曹長、追尾して。彼らの準光速航行の離脱地点に注意を怠らないように。ここから先は、彼らに向かう敵はどこにいるかわからないわよ」

「敵からすればチューリングだけではなく、こちらも同じ標的です、艦長」

 トゥルー曹長の軽口に、油断は禁物だぞ、とヤスユキ少佐がたしなめる。かしこまった様子でトゥルー曹長がカウントダウンを始める。艦運用管理官である彼女と、機関管理官のアリス・ガブリエル少尉の間でやり取りが何度かあり、その間にもエリザ曹長は艦を微調整している。

「あと五秒で座標です。四、三、二、一、今です」

 エリザ曹長がレバーを押し込むと艦が微かに震え、メインモニターには準光速航行が起動したことと、機関の状態や艦の状態が表示される。しかし準光速航行から離脱する時間は不明になっている。それはチューリングに合わせる必要があるからだ。

「第二種配置に移行。管理官はスケジュール通りに休憩を取るように」

 それぞれから返事があり、クリスティナは少しだけ体の力を抜いた。

「これで汚名をそそげるといいけど」

 思わず呟くと、そのような汚名は元々からありません、とすぐにヤスユキ少佐が答えるのに、クリスティナは思わず短く笑った。

 事実は事実、と心の中で答えながら。



(続く)

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